ミアと院長先生

「だってあの子、おバカさんなんですもの」


 フェリシアの言葉に、全員が固まった。

 今日会ったばかりの、いや、挨拶すらまだしていない、遠目で見ているだけの相手に対して、それはちょっと。


「あの、いちおう私、ミアの友達なんですけど」


 フローラが、穏やかならぬ表情でフェリシアを睨む。


「そうだぞ、いくらなんでも失礼だ」


 ミナセも、険しい顔でフェリシアをたしなめた。

 当のフェリシアは、みんなの反応に驚いているようだ。


「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないの」


 素直に頭を下げて、フローラに謝っている。


「悪いな。こう見えてフェリシア、結構世間知らずなんだよ」


 ヒューリの言葉に、エム商会のみんなは納得した。


 そう言えば、そうだった。


 とんでもない荒波を乗り越えてきてはいるが、フェリシアは、普通の生活に縁がなかった。

 仕事となれば非常に優秀な対応をするが、日常生活においてはとんちんかんな言動も多い。今の言葉も、まったく悪気はなかったのだろう。

 頭を下げられて、フローラも慌てて頭を下げる。


「いえ、あの、こちらこそすみませんでした」


 簡単に心を乱してしまった……


 シスター見習いのフローラが、気まずそうに目を泳がせる。


「で、何がおバカさんなんだ?」


 ヒューリが改めて聞き直した。

 その質問に、今度はみんなが納得できる答えをフェリシアが言った。


「あの子、魔法の使い方が効率悪すぎるのよ。無駄が多いっていうか、力任せっていうか」

「なるほど。そんなにひどいのか?」

「ひどいなんてものじゃないわ。例えるなら」

「例えるなら?」

「クルミを割るのに、巨大なハンマーを使ってる感じ?」

「それは無駄だな」

「いいえ、それじゃあ足りないわ。例えるなら」

「例えるなら?」

「コップに水を汲みたいだけなのに、わざわざ滝に打たれに行く感じ?」

「凄いな、それも」

「いいえ、それじゃあまだ足りないわ。例えるなら」

「まだ例えるのかよ」

「そうよ。例えるなら、焚き火をしたいだけなのに、火をつけるためにあえて雷に打たれる感じ?」

「……」

「要するに、無駄なのよ。無駄が多すぎるのよ。何かこう、見ていてイライラしちゃうのよ!」


 感情が表に出にくいフェリシアが、珍しく興奮している。

 怒っているようにも見えるが、相変わらずその姿は可愛らしい。


「ミアって、ちゃんと魔法を習ったことないのか?」


 ヒューリが聞くと、フローラが、少し沈んだ顔で話し出した。


「ミアは、小さい頃に、亡くなった前の院長先生から魔法を習ったんです」



 きっかけは、孤児院に迷い込んだ子犬だった。

 その子犬はケガをしていて、かなり弱っていた。

 ミアは懸命に子犬を看病したが、一向に良くなる気配がない。そんな時、院長先生がやってきて、魔法で子犬のケガを治してくれたのだ。

 ケガが治った子犬はみるみる回復していき、しばらくすると元気に走り回れるようになった。

 ミアが魔法に惹かれたのは、この時だ。院長先生に頼み込んで、治癒魔法を教えてもらった。


 ミアは、院長先生が大好きだった。

 いつもニコニコしていて、決して怒ることがない。優しくて、あったかい。

 お転婆で勉強嫌いのミアが、院長先生の言うことだけはよく聞いた。


 ミアは、大好きな院長先生を喜ばせたくて、一生懸命魔法を練習する。

 八才の時、ミアは、ケガの治療に使う魔法、ヒールの発動に成功した。


「ミア、凄いわね!」


 頭を撫でながら、院長先生が褒めてくれる。

 ミアは、撫でるのを止めようとする院長先生にせがんで、いつまでも気持ちよさそうに目を細めていた。


 その後もミアは、魔法の勉強を続ける。

 十才の時、院長先生の風邪を治したくて、キュアディジーズを覚えた。教会のシスターでも数人しか使えない医療魔法だ。


「あなたは、きっと凄いヒーラーになるわよ」


 頭を撫でながら、院長先生が笑う。

 ミアは幸せだった。


 やがてミアは、院長先生のお手伝いがしたくて、治癒魔法の施術をすると言い出した。シスターでもないミアが施術をすることに反対する者もいたが、自分が責任を持つからと言って、院長先生はそれを許した。

 院長先生の隣にミアが座る。院長先生の指導を受けながら、嬉しそうに、誇らしげに施術を行う。

 並んで施術を行う院長先生は、分け隔てなく、誰にでもニコニコと笑い掛けながら施術をしていた。

 近寄り難いほどの悪臭を放つ浮浪者でも、明らかに死期が近い病人でも、同じように笑って施術を行う。

 そんな姿にミアは尊敬の念を抱き、自分もいつかそうなりたい、自分もいつかあんな風に笑ってみたいと、強く思うようになっていった。


 だが。


 ある年の冬、院長先生は、静かに息を引き取った。

 老衰だった。


 泣きじゃくるミアの頭を撫でながら、院長先生が笑って言った。


「ミア。あなたには、人を助ける力があるわ。あなたが進むべき道を探しなさい」


 ミアが十三才の時だった。



「結局ミアは、院長先生から魔法の基礎を教わっただけで、あとはほとんど独学なんです」


 フローラの話を聞いたみんなは、しばらくの間何も言わなかった。

 幼いミアの健気さに心を打たれたようだ。


「あそこにいる犬、もしかして……」

「はい。院長先生に助けてもらった犬です。ミアが、”ファン”と名付けて可愛がっています」


 ミアに寄り添うように寝そべっている犬と、笑顔で施術を行うミアを、みんなが静かに見つめる。

 そのちょっといい雰囲気を、フェリシアが破った。


「やっぱり我慢できない。あとはお願い!」


 お玉をシンシアに押しつけて、フェリシアは、ミアに向かってずんずん歩いていった。

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