おバカさん

 思わぬ出来事で一時中断した炊き出しも、無事に再開した。

 動けなくなった柄の悪い二人は、並んでいたほかの男たちによって教会の外に放り出されていた。リリアも落ち着きを取り戻して、にこやかに行列の整理を続けている。

 やがてその行列もだいぶ短くなり、みんなに余裕が出てきた頃。


「気になるわ」


 シチューをよそうフェリシアが、チラチラとよそ見をしている。


「どうしたんだ?」


 小さな子供に笑顔でパンを渡しながら、ヒューリがフェリシアに聞いた。


「あそこで治療をしているシスターの中で、一人だけ修道服を着ていない子がいるでしょう?」

「ああ、ミアか」

「あの子、気になって仕方がないのよ」


 治癒魔法の施術は、三人のシスターが行っている。そのうちの二人は修道服を着ていたが、ミアと呼ばれた若い女は普段着だった。

 その横には、大きな白い犬がおとなしく寝そべっている。


「ミアちゃん、今日も可愛いねぇ」

「やだぁ。そんなことないですよぉ」

「俺、わざとケガしてミアちゃんに会いに来てるんだよ」

「もー、ダメですよ、そんなことしちゃあ」

「わしもミアちゃんの列がよかったのぉ」

「あら、私では不満だと?」

「あはははは」


 ミアを中心に、和やかに施術が行われている。なかなか人気者のようだ。


「ミアが、何か?」


 側にいたフローラが声を掛けてきた。


「あの子、シスターじゃないの?」


 フェリシアが聞くと、フローラは、ちょっと困ったような顔をしながら答えた。


「ミアは、ここの孤児院で育った子なんですけど」


 フローラの説明によると、ミアは現在十六才。

 この国に”成人年齢”という言葉はないが、一般的に十五才になると、男も女も一人前として見られるようになる。独立するなり、親や親戚の店を手伝うなり旅に出るなりと、それぞれが新たな一歩を踏み出すことが多かった。女の場合は、結婚することも珍しくない。


 そんな慣習に従って、この孤児院では十五才になると、住み込みで働きに出るか、誰かにもらわれていくか、女の子であれば教会のシスターになるか、いずれかを選ばせることになっていた。

 財政的にも居住空間的にも、孤児院に余裕はない。暗黙ではあったが、ほとんど破られることのない、昔から存在するルールだった。


 ミアと一緒に孤児院で育ったフローラも、十五才の時、シスターになる決断をして修道院に移っている。

 しかしミアは、十六才になった今でも孤児院にいた。

 住み込みの話も養子の話も、シスターになる話も全部断って、いまだに孤児院から出て行かない。

 シスターたちも困っているのだが、明るくあっけらかんとしたミアの性格が、何となくシスターたちの気勢を削いでしまっている。

 だがミアには、強制的に追い出しくにい別の理由があった。


「ミアは、この教会でも一、二を争う治癒魔法の使い手なんです」


 教会と言えば治癒魔法の使い手が集まるところ、という印象があるが、実際にはそうではない。志さえあれば、治癒魔法が使えなくてもシスターにはなれるのだ。

 ただ、教会では伝統的に治癒魔法の施術が行われてきたため、自然とシスターたちも治癒魔法を学ぶことになる。結果、教会には治癒魔法が使えるシスターが何人もいるとうことになるのだった。

 しかし、魔法には相性があった。治癒魔法が使えなかったり、あまり得意ではないシスターも結構いる。治癒魔法を使いこなしているシスターの数は、教会全体で見ても意外と少ないというのが実状だった。


 その中にあって、ミアの治癒魔法は非常に優秀だった。

 ほかのシスターなら数回の施術が必要なケガでも、ミアは一回で治してしまう。よほど重い病気でもない限り、ミアが数回施術をすれば、その症状を大幅に改善させることができた。


 加えて、ミアは豊富な魔力を持っていた。

 ほかのシスターが十五分から二十分ごとに休憩を取るのに対して、ミアは一時間ぶっ通しで施術が行える。ミアより巧みに治癒魔法を使うシスターはいたが、その魔力の量だけは決してかなわなかった。


「そんな訳で、ミアは今も孤児院で暮らしているんです」


 フローラが、ため息をつきながらミアを眺める。


「ある意味、問題児だな」


 話を聞いていたミナセがつぶやいた。


「私は好きだけどね」


 ヒューリがフォローする。

 細かいことにこだわらないミアは、ヒューリと気が合うようだ。


「だけど、フェリシアさん。ミアさんの、何が気になるんですか?」


 リリアが、シチューをかき混ぜながらフェリシアに聞いた。

 いろいろ問題はあるようだが、ここから見る限り、ミアは一生懸命施術をしている。特におかしなところはないように思うのだが。


 みんながフェリシアに注目する。

 注目されたフェリシアが、何の躊躇いもなく、いきなり強烈な言葉を放った。


「だってあの子、おバカさんなんですもの」

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