ごめんなさい!
「おら、どけよ!」
列の後方から、怒鳴り声が聞こえてきた。
「俺たちが優先だぜ!」
「ちょっと! みんな並んでんだよ!」
「何だと、このクソババア!」
見れば、体格のいい、そして柄の悪い二人の男が、列を無視して前に進もうとしていた。
「日曜日にまで……もうイヤ!」
フローラが小さくつぶやく。
それをさりげなく耳に捉えながら、ミナセは男たちを観察していた。
武器は持っていない。
それほど強くもない。
あの程度なら……
ミナセはそこから動かない。同じくヒューリも動かない。二人が動かないから、シンシアもフェリシアも動けない。
冷静な二人と落ち着かない二人の視線の先、怒鳴りながら向かってくる男たちの前に、一人の少女が立ちふさがった。
「皆さんきちんと並んでいるんです。並べないならお引き取りください!」
毅然とした言葉に男たちが怯む。
栗色の髪の少女、リリアが、男たちを睨み付けていた。
可愛らしい少女の気迫のこもった表情には、なかなか迫力がある。男たちは、何も言えずにリリアを見つめていた。
だが。
「お嬢ちゃん、俺たち腹減ってんだよ。こんな奴らより先に、俺たちにご馳走してくれない?」
「何なら、お嬢ちゃんが食べさせてくれてもいいよぉ」
男たちが、ニヤニヤしながら話し始めた。
たかが小娘。よく見れば、手が小さく震えている。その気迫に一瞬押されはしたが、所詮腕力では圧倒的だ。
男たちは、余裕をもってリリアをからかい始めた。
「お断りします! お願いですから、もう帰ってください!」
リリアは、必死になって男たちを追い返そうとしている。
その姿が、かえって男たちの嗜虐心を刺激したようだ。
「可愛いなぁ、お嬢ちゃん。俺、君が食べたくなっちゃったよ」
男の一人が、右手を伸ばしてリリアの髪に触ろうとした。
「いやっ!」
リリアが鋭く叫ぶ。
その瞬間。
チーン
そんな音が、聞こえたような……。
見ると、リリアの右足が、見事なまでに男の股間を蹴り上げていた。
「あっ、ごめんなさい!」
蹴ったリリアが驚いている。
男は、目玉が飛び出るんじゃないかと思うほど大きく目を見開き、股間を押さえながらその場にうずくまってしまった。
額には脂汗が浮いていて、口がパクパクしている。
男なら誰もが想像できる、どうしようもない痛みと苦しみ。行列に並ぶ男たちが、こっそり合掌していた。
「いいぞ、リリア。もっとやれー!」
遠くでヒューリが喝采を上げる。
残った一人が、逆上した。
「てめぇ、何しやがる!」
男が、凄い勢いでリリアに掴み掛かってきた。
「いやっ!」
再び鋭く叫びながら、リリアが右手を振り上げる。
ガコッ!
今度は、はっきりと鈍い音がした。
リリアの右手が、見事に男の顎を捉えていた。
「あ、ごめんなさい!」
謝るリリアの目の前で、男が崩れ落ちる。
「どうしよう、やっちゃった……」
大の男二人をぶちのめしたリリアは、困ったようにオロオロしていた。
そんなリリアを、フェリシアが驚きの目で見つめている。
一人目の男が手を伸ばした時、リリアは”男が手を伸ばす前から”左足に体重を乗せ始めていた。
避けてもいないのに男の手がリリアに届かなかったのは、届く前にリリアの右足が急所を蹴り上げていたからだ。
二人目の男が掴み掛かってきた時、リリアの体は”男の両腕が動き出す前から”沈み始めていた。
男の両腕が伸びた時、リリアの体はすでにその懐にあって、顎に狙いを定めている。
ミナセが満足そうに微笑んでいた。ヒューリは大きく頷いている。
反対側のシンシアは、自分のことのように得意げだ。
「やだ。リリアったら、強いじゃない」
朝の修行に参加し始めたばかりのフェリシアは、手合わせで負け続けるリリアしか知らない。
「油断してると、そのうち追い抜かれるぞ」
ヒューリがニヤリと笑う。
集まってきたシスターたちに何故か謝り続けるリリアを見ながら、フェリシアが言った。
「燃えてきたわ!」
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