炊き出し

「ヒューリお姉ちゃん!」


 教会の門をくぐると、数人の子供たちが一斉にヒューリのもとに駆け寄ってくる。


「みんな、今日も元気だな!」


 ヒューリが、笑顔で一人の子供を抱き上げた。


「あっ、私も!」


 隣の女の子が、両手を目一杯伸ばしてアピールしている。


「しょうがないな」


 そう言いながら、ヒューリがその子も片手で抱き上げた。


「人気者なのね」


 フェリシアが微笑む。そこに、年若いシスターが近付いてきた。


「シスターフローラ!」


 子供たちにそう呼ばれたシスターは、可愛らしい笑みを浮かべながら、エム商会のみんなに挨拶をした。


「皆さん、こんにちは。フローラと申します。まだ見習いですが、この教会でシスターをしています」


 丁寧にお辞儀をするフローラに、代表してマークが挨拶を返す。


「はじめまして。エム商会のマークと申します。今日は社員共々お世話になります」

「ヒューリさんからお話は伺っています。お忙しい中お越しいただいて、本当にありがとうございました。今日は、私が皆さんの案内役を務めさせていただきます。どうぞこちらへ」


 そう言うと、フローラはみんなを先導して歩き出した。


 アルミナ教会の炊き出しは、結構大掛かりだ。毎回数百人がやってくるということで、大量の食材と、大きな鍋がいくつも用意されている。

 女性社員たちは調理班だ。マークはまったく料理ができないので、会場の準備を担当している。


「あれ、そう言えばヒューリは?」


 ミナセがヒューリを探して調理場の中を見渡すが、その姿は見当たらない。

 そのミナセに、フローラが答えた。


「ヒューリさんなら、あそこです」


 フローラが指したのは、窓の外。

 そこには、子供たちと一緒になって走り回るヒューリがいた。


「あいつ!」


 ミナセが包丁を握り締める。

 ちょっとだけ殺気が溢れ出していた。


「あっ、いえ、あれがいつもヒューリさんにお願いしているお仕事なんです」


 ミナセの迫力に押されながら、フローラが慌てて説明する。


「ヒューリさんには、小さな子供たちの面倒を見てもらっています。日曜日は、孤児院の子供も含めて総動員になるので、まだお手伝いができない小さな子供たちの面倒を見ていただいて、とても助かってるんです」

「なるほど、そういうことですか」


 ミナセの殺気が収まった。

 フローラが、小さく息を吐き出した。


「子供たち、楽しそうですね」


 リリアの言う通り、ヒューリは子供にかなり好かれているようだ。


「ヒューリって、意外といいお母さんになるんじゃないかしら」


 姿が見えなくなるほど全身に子供をぶらさげて走るヒューリを見て、フェリシアが笑った。


 お母さんは、あんなことしないと思うけど……


 シンシアは思ったが、ここは無言を貫く。


「ところでフェリシア。お前、料理もできるんだな」


 じゃがいもの皮を剥くフェリシアの手許を見ながら、ミナセが感心したように言った。


「戦っても強いし、仕事も無難にこなす。おまけに料理までできるなんて、ほんとに凄いよ」

「いやだ、そんなことないわよ」


 フェリシアの顔が赤い。本気で恥ずかしがっているようだ。


「料理の腕は、三流よ。この間のパーティーで、みんなの料理を食べて思ったもの。私の料理は、あのパーティーには出せないわ」


 実際フェリシアは、あまり凝った料理を作ったことがない。

 商人の家にいた時も、貴族の屋敷にいた時も、料理はまったくする必要がなかった。

 魔術師の弟子になってから、主のために食事を作るようになったが、腹が満たされればそれでよいという主の性格もあって、大したものは作ってこなかった。


「リリア、今度料理を教えて。私、美味しい料理が作れるようになりたいの」

「もちろんです! シンシアもいいよね?」


 同居しているシンシアに、リリアが確認する。


「一緒に、やる!」


 シンシアが、笑顔で答えた。



 大量にあった食材の調理をどうにか終えて、みんなは教会の庭で食べ物を配っていた。

 大きな鍋からシチューをよそい、パンを添えて、並んでいる人たちに渡していく。

 孤児院の子供たちが食事に入ったので、ヒューリもみんなに合流してパンを配っていた。

 リリアは、長い行列の交通整理をしている。

 マークは、孤児院の雨漏りを直しに行っているらしい。男手が少ない教会が、ここぞとばかりにいろいろお願いしているようだった。


 今日も多くの人たちがやってきている。


 ボロボロの服を着た老婆。

 杖を頼りによろよろと歩く男。

 手足の汚れた、靴さえ履いていない子供たち。


 いつの時代にもどんな国にも、世渡りのうまい人がいて、不器用な人がいる。やがてそこから貧富の差が生まれ、階層ができ上がっていく。

 最も貧しい人たちは、自然と身を寄せ合うようになり、町の片隅でスラム街を形成する。

 大きな町には必ずと言っていいほどスラム街が存在するが、アルミナも例外ではなかった。

 イルカナを統治している王や貴族たちは、比較的善政を敷いているが、貧しい人々の救済にまで手は回っていない。

 教会という存在は、そんな人たちの支えでもあった。


 食べ物を受け取った人たちは、用意されたイスや箱に腰掛けて食べたり、そのままどこかへ行ってしまったりと様々だ。

 食べ終わった人たちの何割かは、また別の列に並んで順番を待っている。治癒魔法の無料施術を受けるためだ。


「いつもすまないねぇ」

「おっ、今日は美人さんがいるな。シチューの味もひとしおだぜ!」


 いろいろな言葉を掛けられながら、エム商会のみんなは笑顔で配り続ける。


「最近シチューの具が減ったんじゃないの?」


 つまらない文句を言う人間も時々いたが、ほとんどの人は、感謝をしながら食べ物を受け取っていった。


 そんな穏やかな空気が、突然破られる。


「おら、どけよ!」


 列の後方から、怒鳴り声が聞こえてきた。

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