別れの風景

「そっちの荷物、ちゃんと縛っただろうな」

「大丈夫です!」

「ゴミなんか残すんじゃないぞ。一座の名折れだからな」

「分かってますって!」


 早朝の広場に団員たちの声が響く。一座は、出発前の最終確認の真っ最中だった。

 シンシアも、団員に手伝ってもらいながら、たたんだ自分のテントを馬車に積み込む。身の回りのものは、大きな鞄一つに収まっていた。


「シンシア、準備はできた?」


 シャールが声を掛ける。

 シンシアが、力なく頷いた。

 そんなシンシアを見かねて、シャールが尋ねた。


「本当にいいのかい?」


 一週間、元気のないシンシアを見続けてきたシャールは、同じように一週間悩んできた。

 だが、明らかに昨夜眠れていないであろうシンシアを見て、ずっと掛けるのを躊躇っていた言葉を口にした。


「シンシアがその気なら、この町に残ったって……」


 シンシアがシャールを見る。

 諦めたような、精気のない目でシャールを見る。

 そしてシンシアは、ゆっくりと、首を横に振った。


「いいんだね?」


 シャールが念を押す。

 シンシアが、思いを断ち切るように後ろを向く。そして足元の鞄を持ち上げ、勢いをつけて馬車に載せようとした。

 その時。


「シンシア!」


 広場の向こうから、少女が駆けて来た。

 その後ろには、見知った男女が三人。


「シンシア!」


 もう一度少女が叫んで、シンシアの目の前までやって来る。


「リリア?」


 シャールが驚いたように声を掛けた。


「えへへ、来ちゃいました」


 シャールに返事をした後、リリアが、シンシアに向かって言った。


「友達の出発だもん。ちゃんと見送らないとね!」


 リリアがおひさまみたいに笑う。マークもミナセもヒューリも、穏やかに笑っている。

 シンシアは、鞄を持ったままうつむいた。

 そこに、マークたちを見付けた団長が近付いてくる。


「おはようございます。すみません、わざわざお越しいただいて」

「いえいえ、団長さんにはお世話になりましたから」

「何をおっしゃる。マークさんやリリアさん、ほかの皆さんには本当に良くしていただいて。おまけに協賛金まで頂戴しているんですから、お世話になったのはこちらの方ですよ」


 マークと団長とのやり取りのそばで、ヒューリがミナセに小声で聞いた。


「協賛金なんて出してたんだ。ミナセ、知ってたか?」

「まあ、何となくね」

「お前って、ほんとに凄いな」


 感心したようにヒューリが言った。


 マークに愛刀を預けてから、ミナセは何かにつけて”マークだったらどうするか”を考えるようになっていた。

 リリアがシンシアのことを気に掛けるようになった時、マークなら、きっとリリアを陰で応援するはずだと思った。

 それには、一座との関係をよくしておく必要がある。

 震えるシンシアを一座に送っていった時、団長は「社長さんにもよろしく伝えてください」と言った。おそらくあの時点で、すでにマークは団長と会っていたのだろう。

 リリアの訪問を一座に認めてもらう意味も含め、協賛金を出していたとしても不思議ではない。


 だが、そのマークが、この一週間何も動かなかった。

 リリアにアドバイスをした形跡はなく、シンシアを一座から引き取る段取りをした様子もない。


 シンシアと一緒にいるリリアは、本当に楽しそうだった。

 シンシアと離れたくないと言ったリリアは、本当につらそうだった。

 シンシアも、うちの会社に入りたいという思いがあるのは確認済み。


 ならばマークが何かを仕掛けるのではないか。そんな期待をミナセはしていたのだが。


「またこの町に来ることがあったら、ぜひ声を掛けてください」

「無論です。次は社員の皆さんを全員ご招待しますよ」


 ごく普通の別れの挨拶が続いている。


 ミナセは焦っていた。

 一座はもう出発してしまう。


 マークと、リリアとシンシアを順に見つめながら、ミナセは落ち着かない時間を過ごしていた。

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