リリアの願い
「シンシア、来たよ!」
リリアが駆け寄ってきた。
シンシアが、洗濯物を取り込んでいた手を止めてリリアを見る。
そして、にこっと笑った。
二人で洗濯物を取り込み、たたんで仕分けをして、決まった場所に持って行く。リリアが手伝うことで、シンシアの時間ができる。その時間で、二人はお菓子を食べた。
空き箱に腰掛けながら、二人は久し振りのクッキーを食べている。
「昨日ね、ヒューリさんがまた変な人形を持ってきたんだよ。そしたらミナセさんがね」
会社のみんなのこと、面白いお客さんのこと。リリアが話し、シンシアが聞く。いつものように、楽しい時間が過ぎていく。
ふと話が途切れ、沈黙が訪れた時。
リリアが、空を見上げた。
今日は快晴。空が青い。
リリアはそのまま何も言わない。黙って空を見上げている。
シンシアは、少し不安になって、リリアの手を握った。
その手をリリアが握り返す。
「私ね、あれからずっと考えてたんだ」
やがてリリアが話し出した。
「シンシアは、いつかこの町を出て行っちゃうでしょう? その時、私はどうしたらいいんだろうって」
シンシアを握る手に力がこもる。
「私は、この町で生まれてこの町で育った。いろいろあったけど、素敵な人たちと巡り会えて、今は毎日がとっても幸せ。だから、この町を離れろなんて言われたら、嫌ですって言っちゃうと思う」
リリアが笑う。
「シンシアも同じだよね。生まれ育った一座だし、団長さんもシャールさんも優しいし、ここを離れるなんて嫌でしょう?」
シンシアは、それに答えられない。
「だけど」
リリアが続ける。
「私、やっぱりシンシアと離れたくない。これからもずっと、シンシアと一緒にいられたらいいなって思う」
リリアは、シンシアをしっかりと見つめ、そして自分の思いを真っ直ぐに伝えた。
「私は、シンシアにこの町に残って欲しい。それが、私の正直な気持ち。私の願い」
その目は真剣で、だけど、少しだけ不安をたたえていた。
「シンシアがどんな選択をしても、私はちゃんとそれを受け止めるつもり。だからシンシア、考えてみて」
シンシアが、リリアの手をぎゅっと握る。
いつかはやってくるその日。
楽しい日々は終わってしまうのだろうか?
私はどうすればいいのだろうか?
シンシアが唇を噛む。
うつむくシンシアの髪を、リリアが優しく撫でていた。
悩むシンシアの想いとは関係なく日々は過ぎていく。
そしてある日、唐突に、決断のリミットが決まった。
「来週の日曜日をもって、この町での公演は終わりだ。月曜日に撤収して、火曜日の早朝出発する」
一日の公演を終えた後、団長が全員に告げた。
「了解でーす」
「今回は結構稼げたな」
団員たちが、それぞれのテントに戻っていく。
シンシアも自分のテントに向かうが、その足取りは重かった。
今日は日曜日だ。
公演終了まであと七日。
出発まで、実質あと八日。
シンシアの答えはまだ出ていない。どうしたらいいのか分からない。
その日から、シンシアはふさぎこむようになった。
「おはよう、シンシア」
団員が声を掛ける。
シンシアは、うつろな目で団員を見ながらポケットから紙を出す。
おはよう
いちおう返事はするが、元気はない。
その顔は、憂いに満ちていた。
「ちょっとシャール! 何とかなんないの?」
「私に言わないでよ」
団員たちがシャールに迫るが、シャールは相変わらず素っ気ない。
リリアのことは、一座の中に知られていた。シンシアが明るくなった理由もみんなが察していた。
いつもやってくる、元気で明るい女の子。その子と、その子の会社の人たちのおかげでシンシアは変わった。
もともと一座のアイドルだったシンシアだ。元気になれば、みんなだってシンシアをかわいいと思う。だから、以前と違ってシンシアの落ち込んでいる姿に心を痛めているのだ。
「ほら、もうすぐ次の公演が始まるよ。仕事に戻りな」
団員たちを追い返し、自分のテントで一人になったシャールが、イスに座ってため息をつく。
シャールには、シンシアが寂しくて落ち込んでいるだけなのか、それとも何かを悩んでいるのかが分からなかった。
落ち込んでいるだけなら、それは仕方がない。旅の一座にいる以上、別れは必ずやってくる。いずれは時間が解決してくれるだろう。
でも、もし何かを悩んでいるんだとしたら……。
シャールは、シンシアに何度も声を掛けようとしたが、できなかった。シンシアに思うところがあった時、自分がどうすればいいのか分からなかった。
シンシアと同じくらい、シャールも悩んでいた。
公演が終わることをシンシアから聞いた時、リリアは、静かにそれを受け止めた。
「そっか。あと一週間なんだね」
少し寂しそうに笑ったが、すぐにいつも通り元気に話し出した。
それからも、リリアは変わらず毎日差し入れを持って来てはシンシアと話をしていった。
シンシアも、一緒に差し入れを食べて、リリアの話を聞いた。
表面上は変わらない、だけど落ち着かない日々が過ぎていく。
そしてついに、その日は来た。
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