ゲスト

「社長、遅いなぁ」


 ヒューリがぼやく。


「まぁ、もうすぐ帰ってくるだろ」


 ミナセが落ち着いた声で答える。


「でも、こういうの、何だか楽しいですね!」


 リリアは、ヒューリと対照的にニコニコしている。


 三人の前には、ミナセとリリアの手料理が並んでいた。

 今日は、マーク発案の夕食会だ。



「みんなでホームパーティーをしませんか?」


 マークがそう言い出した時、突然のことにみんなは首を傾げた。

 だが。


「やってみたいです!」


 リリアが諸手を挙げて賛成し、その勢いに押されてミナセとヒューリも賛成をして、開催決定となった。

 ミナセもリリアも家でパーティーをしたことがなかったので、この企画を結構楽しんでいた。

 仲良く並んで料理をするミナセとリリアの後ろで、イスにまたがり、暇そうにしているヒューリがつぶやく。


「こういう質素なパーティーも、悪くないな」


 料理をしていたミナセの手が、ピタリと止まった。


「だけど、酒がこれじゃあなぁ。せめてエルドアのワインでもあればねぇ」

「ヒューリ。お前、このジャガイモの皮、剥いてみるか?」

「いやー、それは無理だ。自慢じゃないが、私は包丁なんて握ったことも……」

「だったら黙ってろ!」


 神速の速さで振り向いたミナセが、ヒューリの目の前に包丁を突きつけた。


「ま、待てっ! ミナセ、落ち着け!」


 ヒューリがまったく反応ほどの鋭い動き。

 さすが達人である。


 冷や汗を流すヒューリに、リリアが声を掛けた。


「ヒューリさんは、お部屋の準備をしていてください」

「お、おう、任せろ!」


 ヒューリが慌てて隣の部屋へと逃げていく。

 パーティー会場は、いつもの事務所側だ。

 やがて、応接セットを動かす音が聞こえてきた。その場所に、この部屋の食卓テーブルを置くことになっている。


「まったくもう」


 ミナセが、殺気を収めて料理を再開する。


「うふふ。やっぱり楽しいですね!」


 リリアが嬉しそうに笑っていた。



 こうして滞りなく(?)準備は進められ、三人はマークを待つのみとなった。


「でもさあ。社長の言ってた”ゲスト”って、誰のことだ?」


 そうなのだ。

 マークは、ゲストを呼んでくると言って出掛けて行った。


「ご隠居さんとか?」


 リリアが予想する。


「いや、さすがにそんな大物は来ないだろ」


 ヒューリは否定的だ。


「じゃあ、ミゼットさん夫婦は?」

「そいつも難しいんじゃないか? 明日の仕込みもあるだろうし」


 リリアとヒューリが盛り上がる中、ミナセは一人落ち着いている。

 そのミナセに、ヒューリが話を振った。


「ミナセは、誰だか分かるのか?」

「何となく、ね」

「そうなのか!?」

「まあね」

「ミナセさん、それって誰ですか?」

「来れば分かるよ」

「来れば分かるってことは、私たちでも知ってる人ってこと?」

「誰ですか? 教えてください!」


 リリアとヒューリがミナセに詰め寄った、その時。


「ただいま」


 扉を開けて、マークが帰ってきた。


「社長!」


 全員が立ち上がってマークを出迎える。

 そのマークが、後ろを向いて、”ゲスト”に声を掛けた。


「さあ、入って」


 マークがすっと道を開ける。

 その後ろから、一人の少女が入ってきた。


「シンシア!」


 リリアが驚きの声を上げる。


「どうして……」


 その声は震えていた。


 シンシアは、チラリとリリアを見るが、すぐに下を向いてしまう。その背中を、大きな手のひらが押した。

 押されるがままに、シンシアが二歩三歩と前に出る。

 そこに。


「シンシア!」


 リリアが飛びついた。


「会いたかった!」


 強く、強くシンシアを抱き締めた。

 泣いているような、笑っているような、不思議な顔で、リリアはシンシアを抱き締めていた。


 シンシアが目を閉じる。


 あぁ、これだ


 私が欲しかったもの。

 暖かい温もり。


 無理して、我慢して自分から離れていった。

 だけど、やっぱり心の中でずっと思ってた。


 リリアに会いたい


 シンシアは、ゆっくり両手を広げて、リリアの背中を抱き締めた。


「ミナセ、お前、分かってたのか?」

「予想は当たったかな」

「後で、その根拠教えてくれ」

「今教えてやってもいいぞ」

「ぜひ!」

「それは」

「それは?」

「社長だからさ」

「???」


 間違いなく納得していないヒューリの横で、ミナセは微笑んでいた。

 その微笑みは、とても嬉しそうだ。


「さて、ゲストも無事到着したことだし、始めようか!」


 マークの掛け声で、全員が動き出した。


「始めましょう!」

「おー!」

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