抵抗
「今回は、俺がシンシアのお手伝いをしてあげよう」
見蕩れるような笑顔を向けて、マークがシンシアに手を差し伸べていた。
その手が、シンシアの左の手首を掴む。そしてそのまま、シンシアの手を引いて外へと歩き出した。
な、なに!?
シンシアは虚を突かれた。引かれるがままに、マークの後ろを歩き出す。
「これからリリアのところに行く。そこでリリアに聞いてみるといい」
ちょっ、ちょっと!
慌てるシンシアは、しかし体にうまく力が入らない。シンシアは、あっという間にテントの外へと連れ出されていた。
手をつないで出てきた二人を見て、外にいたシャールが驚いている。
「ちょっとシンシアを借りていきます。団長さんには話を通してありますので」
シャールに話し掛けながらも、マークの歩みは止まらない。
シンシアが救いを求めるようにシャールを見るが、呆気にとられるシャールは、マークを止めることができなかった。
テントを離れて通りに出ると、当然人がたくさんいる。そこでシンシアは我に返った。
手を振りほどこうと左手を振り回す。だが、マークはまったくお構いなしに歩き続けた。
マークの力は強い。足を踏ん張ろうが、両手でマークを引っ張ろうがまったく効果がない。ついにシンシアは、その場にしゃがみ込んで最後の抵抗を試みた。
するとマークが、歩みを止める。
そして。
「俺は、絶対に君を、リリアのところに連れて行く」
直後、シンシアの体がふわりと浮き上がった。
とっさに何が起きたのか分からなかったシンシアが、周りの景色を見て自分の状態を知る。
シンシアは、お姫様だっこをされていた。
すぐ近くにマークの顔がある。
その目が、シンシアを至近距離から見つめていた。
黒曜石のように深くて神秘的な瞳。
その瞳に、シンシアは吸い込まれそうになる。
なに、この感覚は?
シンシアは、その瞳をじっと見つめた。
今まで経験したことのない不思議な感覚。
ふわふわしていて、落ち着かなくて、だけどなぜだか動けない。
ずっとこのままでいたいような、少し苦しいような、そんな感覚。
音が消えていた。
マークだけしか見えなくなっていた。
ふとマークが視線を外す。
そしてマークが、大股で歩き出した。
途端にシンシアの意識が現実に引き戻される。シンシアは、急に恥ずかしくなった。
再び抵抗を開始する。
足をバタつかせ、体をねじる。
両手でマークをポカポカ叩く。
それでもマークはシンシアを放さない。しっかり抱き上げたまま、真っ直ぐに歩いていく。シンシアを放すまいと、さらに力をこめる。
そのためシンシアは、余計にマークと密着することになった。
マークの鼓動を感じる。
暴れ回る自分を抱きかかえ、かなりの速さで歩いているはずなのに、そのリズムは、ゆっくりで力強い。
なぜ?
どうして私は、こんなにも……。
やがてシンシアは、抵抗するのをやめた。
自分でも気付かないうちに、目を閉じている。
体の力が抜けて、心地よい揺れに身を任せている。
どうして私は、こんなにも安心しているの?
突然やってきた男。
失礼なことをずけずけと言われた。
自分をバッサリ否定されて、傷付けられた。
それなのに。
「これからリリアに会いに行く。そこで聞いてみるといい」
無理矢理引っ張り出されて、挙げ句の果てに、力ずくで抱き上げられて。
「俺は、絶対に君を、リリアのところに連れて行く」
私の意志なんて、まるで無視。
どんなに抵抗しても、決して放してくれない。
だけど……。
その時、近くで女性たちの声が聞こえた。
「お姫さまだっこ!」
「ステキ!」
シンシアの顔が真っ赤になる。
周りの人たちが、こっそりと、あるいはニヤニヤと自分たちを見ている。
恥ずかしい。
もの凄く恥ずかしい。
暴れたくなる衝動を必死にこらえて、シンシアはマークを軽く叩く。続けて地面を指さし、降ろしてくれと懇願した。
「もう暴れたりしないか?」
コク
「おとなしくリリアのところに行くか?」
コクコク
「なら、許してやろう」
そう言うと、マークはシンシアをそっと地面に降ろしてくれた。
解放感と、ちょっぴり残念な気持ちと。
「じゃあ、行くぞ」
マークが前を向いて歩き出す。
シンシアは、そのすぐ後ろをついていった。
シンシアの前には広い背中。
無神経で、強引で。
マークは黙って歩く。
速くもなく遅くもなく、シンシアにちょうどいい速さで歩く。
この人は……
シンシアは、その背中を追って歩いた。
その顔には、かすかな、本当にかすかな微笑みが浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます