パーティー

 テーブルにはたくさんの料理が並んでいる。家庭料理ばかりなので豪華という訳ではないが、どれもこれもが美味しそうだ。


「これとこれはミナセさん、あとは私が作りました!」


 リリアが料理を指して説明する。


「この会場は、私が作りました!」


 ヒューリがドヤ顔で説明する。


「凄いですね!」


 マークは感心しきりだ。


 長方形のテーブルの片方に、リリアとシンシア。

 対面にはミナセとヒューリ。

 マークはお誕生日席だ。


「特に記念日でも何でもないですが、とりあえず、乾杯!」

「かんぱーい!」


 五つのグラスがカチャンと音を立てて、パーティーが始まった。


「ゴクッゴクッゴクッ……プハー、うまーい!」


 ヒューリが豪快に酒を飲み干す。


「はいこれ、シンシアの」


 リリアが甲斐甲斐しくシンシアの世話をしている。


「社長、どうぞ」


 ミナセがマークに料理を取り分けている。


 食べて飲んで話して。

 はじめは緊張していたシンシアも、みんなの暖かい空気に包まれて徐々にリラックスしてくる。

 みんながそれぞれパーティーを楽しんでいた。


 そんな中、ちょっとご機嫌のヒューリがシンシアに話し掛ける。


「シンシアって、前はショーに出てたんだろ?」


 突然の質問にシンシアは驚いたが、コクリと頷いた。


「どんなことやってたんだ?」


 シンシアは、ちょっと考える仕草を見せた後、視線を斜め上にしながら、両の手のひらを上に向け、胸の前くらいの高さで、左右交互に腕を上下に動かしはじめた。


「何だそれ?」


 ヒューリが目を点にしてシンシアを見る。


「あぁ、なるほど。ジャグリングだね?」


 マークが確認するようにシンシアを見た。

 シンシアが頷く。


「おぉ、ジャグリングか。ピエロがやってたやつだ!」


 ヒューリにも分かったようだ。


「じゃあさ、ここでやってみせてくれよ!」


 無茶振りだ。シンシアも目を丸くしている。


「ヒューリ、あんまり無茶言うな。第一ここには投げるものがないだろ?」


 ミナセがヒューリを諫めるが、ヒューリはまったく気にしない。


「投げるもの? うーん、そうだなぁ……。あっ、いいものがあるぞ!」


 そう言うと、ヒューリはイスから立ち上がって部屋の端まで行き、おもむろに、魔除けの人形を持ち上げた。


「おいおい、それは大き過ぎ……」


 ミナセが言った瞬間。


 カポッ!


 ヒューリが、首を引っこ抜いた。


「いやー!」


 リリアが叫び声を上げる。


 続けて、カポッ!


 今度は足を引っこ抜く。


「やめてー!」


 リリアが両手で顔を覆い、頭をフルフルさせる。

 三頭身の人形が、三等分された。


「これ、持ち運びOKなんだぜ!」


 またもやドヤ顔のヒューリに、ミナセがぼそっと言った。


「お前を侮っていたよ」


 そんな声には耳も貸さず、ヒューリがほいっとシンシアに人形を渡す。


「ちょっと大きいけど、意外と軽いだろ。これならどうだ?」


 シンシアは、自分を睨み付ける大きな目に怯んだ様子だったが、やがてイスから立ち上がり、テーブルから少し離れた位置に立った。

 そして。


「おぉぉっ!」


 ジャグリングを始めた。


 首が、胴体が、足が宙を舞う。

 その光景はなかなかシュールだ。

 だが、みんなは盛り上がっていた。


「じょうず!」


 衝撃から立ち直ったリリアも拍手をしている。

 するとシンシアは、ジャグリングをしたまま歩き出し、器用に靴を脱いで、自分が座っていたイスの上に載った。

 さらに片足を背もたれの上に掛け、ゆっくりと体重を移動していく。


 イスは徐々に倒れ始め、ついには完全に斜めの状態になった。

 後ろの二本の足だけで立っている。


 揺れるイスの上で、バランスを取りながら、シンシアが人形を操る。


「すごーい!」

「やるねぇ!」


 みんなは大喜びだ。


 やがてシンシアは、人形を全部受け止めると、ぴょんとイスから飛び降りて、見事に着地をしてみせた。斜めだったイスは、カタンカタンと音を立てて元の状態に戻っている。

 そしてシンシアは、みんなに向かって優雅にお辞儀をした。


「うぉぉぉっ!」

「シンシアすごーい!」


 リリアがシンシアに抱き付く。

 ヒューリも近寄ってきて、シンシアの髪をクシャクシャにしながら頭を撫でている。

 マークとミナセは、目を細めながらそれを見ている。


 みんな笑っている。

 みんなが、笑っていた。



 すっかりパーティーの主役になったシンシアは、みんなからいろいろと話し掛けられていた。

 シンシアは、頷いたり、首を振ったりして会話を続けていたが、やはり細かいことは伝えられない。

 それを見ていたヒューリが、急に大声を上げる。


「あーもー、シンシア! お前、じれったいぞ!」


 驚いて、全員がヒューリを見た。


「お前が喋れないのはしょうがないけど、それじゃあ会話にならないじゃんか!」


 そう言うと、本棚から紙の束を持ってきて四等分に切り始めた。

 それを見たマークが、机からペンを取ってくる。


「あ、どうも」


 マークからペンを受け取ったヒューリが、ペンと切った紙の束をシンシアに渡した。


「字は書けるだろ? これに答えを書け!」


 シンシアは、しばらく紙とペンを見つめていたが、やがて紙をテーブルに置き、ペンを右手に握ってみんなを見回した。


「じゃあ早速」


 ヒューリが質問を始める。


「シンシアって、どこで生まれたんだ?」


 シンシアが、紙に答えを書く。


 カサールの 王都で 生まれた


「へぇ、カサールかあ。生まれた時からあの一座だったのか?」


 こくり。


「ジャグリング以外に、何ができるの?」


 玉乗り 馬の曲芸乗り 空中ブランコ


「凄い、いろんなことできるんだね!」


 シンシアが、恥ずかしそうにうつむく。


「シンシアって、いま何歳なんだ?」


 両手を広げ、次に左手の指を四本立てる。


「十四才か。あれ、リリアと同じってこと?」

「私は、この間十五才になりました!」

「そうなのか? いつの間に」

「リリアの誕生日会してないじゃん!」

「そんなのいいですよ」

「ところで今さらだけど、ミナセって、いくつ?」

「私か? 私は、十八だ」

「げっ! 私と同じ……」

「あ、そうなのか? ヒューリって、もっと下かと思ってた」

「えっ? いくつくらいに見えた」

「うーん、十七くらい?」

「微妙だな」

「ちなみにシンシアの誕生日って……」


 紙とペンのおかげで格段に会話らしくなったやり取りは、みんなを巻き込んでとても盛り上がった。

 シンシアを中心に、話が弾む。


 みんなは、食べて飲んで話して笑った。

 シンシアの表情のことは、誰も何も言わない。

 リリアは嬉しかった。みんな、当たり前のように接してくれている。


 そうだ。

 当たり前なんだ。


 シンシアが笑えることなんて、最初から分かってたんだから!


 リリアは、潤んだ目をむせた振りしてごまかしながら、水をがぶ飲みし、本当に咳き込んでミナセに怒られていた。

 怒られながら、シンシアに抱き付く。


「シンシア、楽しいね!」


 びっくりするシンシアに頬ずりしながら、リリアが笑う。


「コラッ、シンシアの独占は許さんぞー!」


 ヒューリがシンシアの背後から抱き付く。


「いーやーでーすー! シンシアは私のー!」

「リリア、水で酔っぱらったのか?」


 呆れ顔のミナセに、微笑むマーク。


 もみくちゃにされながら、シンシアが笑う。とても楽しそうに笑う。

 弾けるみんなの笑顔とともに、賑やかで満ち足りた時間が過ぎていった。

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