緊張

 信じられないことに、予定通り、二日後の夕方に面接が設定された。


「マジで!?」


 ミナセからその話を聞いた時、ヒューリは本気で驚いたものだ。


 そして、面接の日はやってきた。

 ヒューリが、またもやレンガ作りのアパートの前に佇んでいる。


「ちょっと早過ぎた」


 約束の時間にはまだ少しある。身だしなみを気にしながら、ヒューリは、頭の中で質疑応答の予行練習をすることにした。


 クランではどんなことをしていたのか

 どうして山賊なんかをやっていたのか

 どうしてこの会社に入りたいと思ったのか

 得意なことは何か


 面接が決まったその夜、ミナセが面接対策をしようと言ってくれた。やけに真剣に提案してくるミナセに少し驚いたのだが、今まで面接など受けたことがないヒューリにとって、それは非常にありがたい申し出だった。

 ミナセもリリアも、入社のための面接はなかった。エム商会における入社面接は、ヒューリが初めてだ。

 新規顧客との面接でミナセがよく聞かれる内容をもとに、予想される質問とその答えを二人で考えた。


 顧客は、身元や人柄、剣の腕を含めた能力などを知りたがることが多い。社長も、やはりヒューリの人柄や能力は知りたがるに違いない。

 ヒューリの経歴はミナセからマークに伝えてあるので、昔のことを細かく聞かれることはないだろうが、ポイントとなることはヒューリの口から聞いてみたいと思うかもしれない。

 そんなことを二人で話しながら、面接対策は夜遅くまで行われた。


 ひと通りおさらいを終えたヒューリが、大きく息を吐く。


「う~、緊張する~」


 社長の人柄は二人から聞いていた。どうやら”その筋の人”ではないようだし、逆に人助けがしたいと言うくらいなので、いい人なのは間違いないだろう。それほど意地悪な質問をされることはないように思う。

 しかし、初めての面接を控えて、ヒューリは人生で最高レベルの緊張感を感じていた。


「初陣の時の方がよっぽど気楽だったな」


 ぼそっとこぼした後、両手で頬をパンパンと叩いてヒューリは顔を上げた。

 そろそろ時間だ。


「よし、行くか!」


 気合いを入れて、ヒューリはアパートの入り口をくぐっていった。



 トントントン


「はい、どうぞ」

「失礼いたします」


 扉をゆっくりと開け、その場で一礼。

 部屋に入り、扉を両手で静かに閉めて、部屋の奥に向き直る。


「本日、面接を受けさせていたたた……」

「……」


 ……改めて。


「面接を受けさせていただくために参りました、ヒューリと申します。よろしくお願いいたします!」


 一礼。


「お待ちしていました。どうぞ」

「失礼いたします!」


 ゆっくりとソファへ……行こうとして、右手と右足が同時に出てしまった。


 動けない。


 一歩下がって、やり直し。


 左手と右足を前に出して歩き出し、入り口から近い側のソファの横に立つ。


「すぐに行きます。お掛けになってお待ちください」

「はい、失礼いたします!」


 浅からず深からずの位置に座って背筋を伸ばす。

 背もたれに背中はつけない。

 まだ誰も座っていない正面のソファをしっかりと見つめ、ヒューリは、そのまま姿勢を固定した。


 その様子を、部屋の片隅に置いたイスに腰掛けながら、ミナセが見ていた。マークから、面接の様子を見ているよう言われたのだ。


 緊張し過ぎだ!


 ヒューリの顔も体も、カチコチに固まってしまっている。


 笑顔だ、笑顔!


 ミナセが、自分の口の両端を人差し指で押し上げて一生懸命伝えようとするが、ヒューリはそれに気付く余裕がない。相変わらず一点を見たまま動かないヒューリを見ていると、ミナセまで緊張していく。

 緊張感は、お茶を出すリリアにも伝わっていった。


「どうぞ」


 そう言ってカップを置く手が震えている。

 カチャカチャと音を立てながら、それでもどうにかカップを置いたリリアは、お盆を抱えて、堅い笑顔で言った。


「ごゆっくり」


 ごゆっくりはおかしいだろ!


 ミナセが心の中で突っ込む。

 リリアも気が付いたのだろう。真っ赤になってミナセの横に下がってきた。


「私の馬鹿!」


 小さくつぶやき、うつむきながら、ミナセの隣にそっと座った。



 ミナセとリリアが緊張しているのは、ヒューリの緊張が伝染したこと以外にも、じつは理由があった。

 二人は、今までの流れから、ヒューリはあっさり採用になるだろうと楽観していた。マークがあんなに楽しそうに話してみたいと言っていたのだ。

 だが、その思惑は少し外れたようだった。


 二人からヒューリの話を聞き終えたマークは、こう言った。


「なるほど、話は分かりました。では、早速面接の日程を決めましょう」


 そう話すマークの表情が、意外なことに、堅い。


「社員として採用するということは、その人の人生の一部に責任を持つということです。だから、俺は安易に社員を採用するつもりはありません。ヒューリさんと俺は、対等な関係です。だから、どちらかがノーと言えば、今回の話はなかったことになります」


 とても採用前提の面接という雰囲気ではなかった。


「いずれにしても、面接ではこちらの話をしっかり伝え、ヒューリさんの話もしっかり聞いてみたいと思います」


 マークに言われた二人は、急に不安になった。そして話し合った結果、ミナセがヒューリに面接対策を提案することになったのだった。

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