リリアの主張

 決まり悪そうにうつむくミナセを見ながら、ヒューリは驚いていた。


 自分を助けた意外な理由。

 ミナセの思いとその決意。


 圧倒的強者だと思っていたミナセが、これほどの迷いを抱えていた。自分みたいな人間に希望を見い出そうとするほど必死だった。


 黙ったままで、ヒューリが見つめる。居心地悪そうに自分の指をもてあそぶミナセを、ヒューリはじっと見つめていた。

 やがて。


「なんて言ったらいいのかよく分かんないけど、まあなんだ、その……ちょっと嬉しい、かな」


 そう言って、ヒューリが照れくさそうに笑う。


「嬉しい?」


 ミナセが、分からないという顔でヒューリを見た。


「だってさ、私を助けたのって、結局はミナセのためなんだよな? それなら納得できる。私のためなんて言われても、なんか信じられないしね」

「なるほど」

「ミナセは私の恩人だ。感謝してるって言った言葉に嘘はない。そのミナセに、”一緒にいてくれたら”なんて言ってもらえた。それに、私の話を一生懸命聞いてくれて、自分の気持ちを一生懸命話してくれて」


 ヒューリが微笑む。


「飾らない言葉とか、本当の気持ちとか、そういうのに触れたの、凄く久し振りだったから。だから、嬉しかった」


 ヒューリの顔は本当に嬉しそうだ。


「だけど」


 その笑みが、翳る。


「やっぱり、ミナセとは一緒にいられないよ。表向き死んだことになってるとは言え、私は山賊にまで落ちぶれた人間だ。たとえバレなくたって、私は自分を許せない。死刑にされたって文句は言えないさ。だから……」

「そんなことないです!」


 突然、リリアがヒューリの言葉を遮った。

 その体のどこから出ているのかと思うほど大きな声で、ヒューリに向かって叫ぶ。


「そんなこと言ったら、誰も失敗できなくなっちゃうじゃないですか!」


 拳を強く握り締め、体を前のめりにして叫んだ。


「山賊は許されることじゃないと思います。人のものを盗むのは絶対によくないです。でも、ただの泥棒なら、ちゃんと罰を受ければ人生をやり直せるじゃないですか。山賊が死刑になるのは、人を殺してまで物を盗むからだと思うんです!」


 ヒューリが目を丸くする。


「ヒューリさんは、人を殺してません。もっと言えば、ヒューリさんが一緒だったから、その山賊たちは人を殺さなかったんでしょう? だったら、ヒューリさんは商人たちの命の恩人だって言ってもいいと思うんです! そう思いませんか、ミナセさん!」

「そ、そうだな」


 勢いに押されてミナセが頷いた。


「ですよねっ!」


 リリアがヒューリに向き直る。


「ヒューリさんは、人を助けることができるんです! 私なんかにはできない、凄いことができるんです! ヒューリさんが死刑になるなら、それは法律が間違ってるんです! ヒューリさんは、私なんかより、ずっとずっと……」


 まくし立てるように話していたリリアが、急にトーンダウンした。


「ヒューリさんは、国の事情に巻き込まれちゃっただけなんです。ヒューリさんは、被害者なんです」


 リリアの声が、小さく震え始めた。


「ヒューリさんみたいな人が幸せになれないなんて、私には、我慢できない」


 その目に涙が溢れ出す。


「私は……私は、ヒューリさんに幸せになってほしいんです!」


 叫ぶようにそう言って、リリアはとうとう泣き出してしまった。


「私は……私は……」


 もうまともな言葉は出てこない。前のめりのまま、ヒューリを見つめたままで、ぽろぽろと涙をこぼす。

 そんなリリアを、ヒューリは泣きそうな目で見つめていた。


 なんて優しい子


 出会ったばかりの自分を本気で心配してくれている。

 山賊にまで落ちぶれていた自分の幸せを本気で願ってくれている。


 ヒューリは、嬉しくて、ありがたくて、胸が苦しかった。


 一緒にいられたらと言ってくれたミナセ。

 本気で幸せを願ってくれるリリア。


 こんな二人と人生をやり直せたなら。

 こんな二人と一緒に歩いてゆけたなら。


 心から、ヒューリはそう思った、

 そう思ったのに、それでもヒューリの常識は、二人と一緒にいられる可能性を否定する。


「私は罪人なんだ。こうして私と一緒にいるだけでも、きっと二人には迷惑が……」

「それは考える必要ないよ」


 今度はミナセがヒューリの話を遮る。


「考える必要がない?」


 ヒューリの常識の外にある言葉だった。


 なぜ考える必要がないのだ?


 動かなくなってしまったヒューリに、ミナセが微笑む。


「私は、ヒューリと一緒にいたいって思った。一緒にいるってことは、ヒューリに何かあった場合でも、それを一緒に乗り越えていくってことだ。つまり、迷惑とかそういう言葉が、少なくとも私の中にはないっていうことだよ」

「!?」


 ヒューリが目を見開いてミナセを見る。


「わだじも! わだじもです!」


 泣いていたリリアが、鼻をすすりながら声を上げる。


「とりあえず、涙を拭け」


 苦笑しながらミナセがハンカチを渡すと、リリアは乱暴に涙を拭き、もう一度鼻をすすった。

 そして、今度ははっきりとした声で、さらにヒューリの意表を突く言葉を言い放った。


「もっと言わせてもらえれば、ヒューリさんが、うちの社員になってくれたらもう最高です!」

「社員に!?」


 今度はヒューリが叫んだ。


「そうだな、私もそう思う」


 リリアの言葉に、ミナセも平然と同意する。


「いやいやいや! そんなこと、ここの社長が許すとは思えないんだけど!」


 さすがのヒューリも、それはあり得ないと思う。


 無理だ、絶対に!


 そんなヒューリに向かって、ミナセがのんびりとした調子で言った。


「んー、どうかなぁ? うちの社長って、あんまり常識ないからなぁ」

「ミナセさん、言葉が間違ってます。常識がないんじゃなくて、常識にとらわれない、です!」

「あー、そうだったな」


 何とも楽しそうに二人が話している。


 ヒューリは、完全に戸惑っていた。


 もと、とは言え、私は山賊だったんだぞ?


 個人的な付き合いの中で、剣の腕を競い合ったり共に助け合ったりするのは、まあありだろう。本人同士がそのリスクを承知していればいいだけの話だ。

 だが、会社ぐるみとなれば話は別だ。もと山賊を雇うなんて、正気の沙汰ではない。その筋の団体なら別だと思うが。


 もしかしてこの会社、ヤバいことをしている会社なのか?

 常識のない社長って、そういうことなのか?


 まじめで誠実そうなミナセと、明るくて優しそうなリリアを交互に見比べながら、ヒューリはその裏の顔を想像して、でもうまく想像できずに一人でもがいていた。

 そんなヒューリをよそに、二人は面接の段取りまで考え出している。


「社長、今日は戻らないんだよな?」

「はい。明日は普通に来ると思いますけど」

「じゃあ、私が明日、ヒューリのことを話してみるよ」

「そうですね。あさっては、たしか社長の予定も少し余裕があったと思うので、面接をするならそこが狙い目かと」


 どうやら日程まで決まりそうだ。


「ヒューリ、もう宿は決まっているのか?」


 突然聞かれて、ヒューリがまごつきながら答える。


「いや、特には」

「じゃあ、私が使っている宿に来るといい。そこにいてくれれば連絡も取りやすいし。宿代が安い上に、飯がうまい。お勧めだ」


 ついには今夜の宿まで決まってしまった。


「ヒューリさん、きっと大丈夫ですよ。社長もヒューリさんと話がしたいって言ってましたし」

「そうだな。今日みたいに正直に話をすれば、大丈夫じゃないかな」


 どうしてこの二人はそこまで楽観的なのか。


「じゃあヒューリ、とにかく面接だ。ダメだった時は、その時また考えよう。どうせ今以下の状況になることなんてないだろう?」


 まったくその通りだ。

 その通りなのだが……。


 いいのだろうか、自分なんかが


「リリア、今夜一緒に夕飯でもどうだ?」

「喜んで! ちょっと待っててくださいね。片付け物だけしちゃいますので」

「じゃあヒューリ、少し待っててくれ。私も預かってきた書類を整理しちゃうから。終わったら飯を食いに行こう」


 二人は、それぞれ今日の締めの作業に入っていった。


 その夜三人は、じつに楽しい夜を過ごした。

 やけくそ気味に酒を飲むヒューリが一番盛り上がっていたのは、酔いのせいではないような気もしたのだが……。

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