ミナセと山賊

 私の動きが読まれているのか?


 覆面の山賊は動揺していた。


 タイミング、速さ、共に申し分のない攻撃。それを三段構えで放つ。

 並みの相手なら最初の一撃で、強い相手でも、最後の一振りで倒せていたはずだった。

 それをすべて防いだ上に、強烈な反撃ができる相手など、過去に一度も出会ったことがなかった。


 振り下ろされた剣を防ぐことができたのは、ほとんど奇跡と言っていい。いくつもの危機を乗り越えてきた体が、意思とは無関係に勝手に反応してくれた。決して狙って防いだ訳ではない。


 こいつは、強い


 予想以上の強敵の出現に、山賊は焦っていた。


 一方ミナセも、相手の強さに驚いていた。

 考え抜かれた連続攻撃。恐ろしく速くて、恐ろしく鋭い攻撃。

 だが、そのすべてをミナセは見切っていた。ゆえに、最後の一撃は完璧に決まっていたはずだった。

 それなのに。


 なぜあの攻撃が防がれた?


 完全な死角。かわせないタイミング。相手の動きを読み切った絶対の剣撃。

 それが、二本の剣で完全に受け止められた。


 こいつは手強いな


 想像以上の敵の強さに、ミナセは気を引き締めていた。



 二人は動かない。

 互いの目を睨みながら、互いに相手の様子を窺っていた。

 一触即発の緊迫した空気。それは、見ているだけで息苦しくなるほどだ。

 シュルツたちも、森の中に身を潜める山賊たちも、瞬きすら忘れて二人に見入っていた。


 何もしなくても、体力と気力が削られていく。

 その状況に、覆面の山賊が耐えられなくなった。


 このままだとジリ貧だ

 それなら!

 

 全身に闘志をみなぎらせ、心を奮い立たせて、山賊は再びミナセに襲い掛かっていった。

 山賊の剣が唸る。前後左右上下と、あらゆる角度からミナセに迫る。速さに緩急をつけ、力に緩急をつけ、自在に変化しながら双剣が襲い掛かっていった。


 だが、その攻撃はすべてがかわされ、すべてが受け流されている。

 剣を振るいながら、山賊が唇を噛んだ。


 やはり、動きが読まれている


 どんなに速い攻撃を仕掛けても、どんなに工夫をしても、それがすべて分かっているかのように防がれる。

 そして、向こうからは一切攻撃をしてこない。


 くそっ、こいつには勝てないのか!


 歯を食いしばって剣を振るう自分に対して、相手はほとんど表情を変えていない。こちらの体力が尽きるのを待っているかのようだ。

 山賊の気持ちが、少しずつ弱気になっていく。そして、それは動きに影響していった。

 剣の振りが鈍くなる。攻めが単調になっていく。


 まずい、このままでは……


 山賊が焦りを感じた、その時。

 ミナセの剣が、二本の剣をほぼ同時に弾き、返す刀で山賊の正面から鋭く振り下ろされた。

 突然の攻勢に驚きながらも、ギリギリのところで山賊がそれをかわす。

 だが、直後からミナセの猛烈な反撃が始まった。


 ミナセが攻める。

 山賊が守る。


 ミナセの剣は鋭かった。山賊の攻撃を読み切っていたのと同じように、山賊の防御もすべてを読み切っているかのようだ。

 一本の剣に、二本の剣が翻弄される。

 まともに受けることもできない。その場に留まることすらできない。

 防いでは下がり、下がっては防いでいるうちに、山賊は商隊や仲間たちからだいぶ離れた場所まで追いやられてしまった。

 後ろは深い窪地だ。これ以上下がれば落ちてしまう。

 落ちても死ぬことはないだろうが、落ちる瞬間の無防備な状態を相手が見逃すはずがない。


 山賊は、死を覚悟した。


 その山賊に、剣を向けたままで、突然ミナセが話し始めた。


「私は、お前が思っているほど余裕で戦っている訳ではない。かなり本気で戦っているよ」


 何を言い出すのかとばかりに、肩で息をしながら山賊が睨み付ける。


「お前は強い。私が戦ってきた中でも相当に。だが」


 ミナセが、残念そうに言った。


「今のお前は、目が曇っている。心が濁ってしまっている」


 山賊の肩が、ピクリと震える。


「お前の剣には迷いがある。そんな剣では、私を倒すことなどできはしないよ」


 そう言って、ミナセが山賊の目をじっと見つめた。

 その視線から、目をそらすことなどできはしない。そらせば、それは隙になる。

 しかし山賊は、ミナセの視線を受け止めることがつらくて仕方なかった。


 ミナセが再び話し出す。


「お前はまだまだ強くなれる。だが、お前が鍛えるべきは、剣の腕じゃない」


 一拍おいて、言い放つ。


「鍛えるべきは、お前の心だよ」

「!」


 山賊の目が限界にまで広がった。明らかな動揺を見せる山賊が、ミナセから、視線を外した。

 その隙を、しかしミナセはつくことをしなかった。声の調子を落として、穏やかにミナセが続ける。


「まあ偉そうに言ってる私も、じつはまだまだ修行中の途中でね。人生に迷っている最中なのさ。でも、最近少し分かったことがあるんだ」


 ミナセの纏っていた気の質が変わった。


「私の名はミナセ。アルミナの町の、エム商会という会社で働いている」


 名乗ったその顔には、微笑み。ミナセの顔には、とても優しい微笑みがあった。

 山賊の体から力が抜けていく。


「もしよかったら、私を訪ねてくるといい。同じ剣士、そして、同じ”女同士”、語り合えることもあるだろう」


 そう言うと、ミナセは切っ先を下ろした。それを見て、山賊の双剣も地面を向く。

 その瞬間。

 恐ろしい速さでミナセが動いた。山賊の懐に飛び込み、剣の柄でみぞおちを突く。


「うっ!」


 完全に油断していた山賊は、呻き声を上げ、ミナセを睨み付けるようにしながらそのまま気を失った。

 崩れ落ちる山賊の体を、ミナセが窪地に突き落とす。転がり落ちていく山賊を見下ろしながら、血を払うように剣を一振りして、それを鞘に納めた。


 振り向いたミナセが、遠くからこちらを見ている山賊たちを睨む。

 山賊たちが、恐慌に陥った。


「あんな奴には勝てねぇ、逃げろ!」


 弾かれたように山賊たちが動き出す。全員が、慌てふためきながら森の奥へと消えていった。

 逃げる山賊たちを無視して、ミナセは商隊のいる場所まで戻る。


「すげぇな、あんた!」


 シュルツたちが駆け寄ってきた。


「あの山賊を無傷で倒しちまうとは!」


 騒ぐ傭兵たちに向かって、少し照れながらミナセが言った。


「そんなに簡単ではなかったですけどね。”あの男”は、かなり強かったと思います」


 謙遜するミナセを、傭兵たちが取り囲む。

 噂の山賊を見事に撃退した商隊の興奮は、しばらく冷めそうもなかった。




 日が暮れて、辺りが暗闇に染まり始めた頃。

 窪地の中で、ごそごそと動く影があった。


「いててて。ちくしょう、あの女、不意打ちしやがって!」


 腹を押さえながら、女が立ち上がる。


「あんな顔しながら、腹に一撃入れて窪地に突き落とすか? 普通」


 よほど悔しかったのだろう。女の文句はしばらく続いた。


「偉そうなこと言いやがって!」


 足元の石を蹴り上げる。


「目が曇っているだと! 心が濁っているだと!」


 言われた言葉が無性に腹立たしい。


「そんなこと!」


 女は強く叫んだ。


「そんなこと……分かってんだよ」


 小さくつぶやいて、唇を噛む。

 怒りはもうない。かわりに、やるせなさが胸いっぱいに広がっていった。


 女が、木の隙間に広がる空を見上げる。

 かすかに朱色を残すその空に、一番星が輝いていた。


「そう言えば、最近星なんて見てなかったな」


 ふいに昔のことを思い出す。


 広い背中が教えてくれた星座の名前。

 優しい声が語る星の神話。

 隣で輝く、小さな瞳。


 昔は、星空を見るのがあんなに好きだったのに……


「エム商会の、ミナセか」


 しばらく星の瞬きを見つめていた女は、ふと我に返ると、落ちていた剣を拾い、体の埃を払って、どこかへと歩き出していった。

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