報告
十日ぶりに事務所の扉を開けたミナセは、一瞬違和感を感じた。
何かが違う
だが、そんなことを考えたのもわずかな時間だった。
「お帰りなさい! 無事でよかったぁ」
嬉しそうに笑いながら、リリアが駆け寄ってきた。
その向こうから、マークの声がする。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
笑顔の二人に迎えられて、ミナセは帰ってきたという実感が湧いた。わずか十日だが、ずいぶん長く留守にしていたような気がする。
「ただいま戻りました」
荷物を下ろしながら、ミナセも笑顔を返す。
「お疲れですよね? 座っててください。すぐにお茶を淹れてきます!」
それだけ言うと、リリアはもう一つの扉の奥へと消えていった。
「ふぅ」
ソファに腰掛け、大きく息を吐いて、ミナセは体の力を抜く。
その時、ミナセは気が付いた。
ああ、これか
ソファにはカバーが、テーブルにはクロスが掛かっている。
見れば、マークが使っている机の上の花瓶も大きくなっていて、可愛らしい花が生けてあった。
リリアだな
自分やマークには、この発想がない。
女性らしさとは、こういうことをいうのだろうか
そんなことをミナセが考えていると、リリアがお茶を淹れて戻ってきた。
「ありがとう」
そう言ってお茶を一口飲み、もう一度大きく息を吐いたところで、マークが目の前に座った。
「どうでしたか、今回の仕事は」
リリアにも座るよう促しながら、マークが尋ねる。ざっくばらんな話し方だが、これはマークが報告を求めているということだ。
報告。それは、社員にとって当然の責務。
特に、今回は初めての商隊護衛、かつ初めての長期業務だったのだ。きちんと報告しなければならない。
ミナセは姿勢を正し、腹に力を入れ直して、ありのまま報告を始めた。
ミナセの話を聞き終えたマークは、少しの間黙っていた。それはごく短い時間だったと思うのだが、ミナセにとっては非常に緊張する時間だった。
やがて、マークが質問を始める。
「商隊護衛としては、問題なく終わったということですよね?」
「はい。山賊の襲撃はその一回だけで、後は何事もありませんでした」
「ファルマン商事への報告はどなたが?」
「シュルツさんです。私にも同席してほしいと言われたので、社長さんの部屋でその報告を一緒に聞きました」
「その報告には、ミナセさんが山賊を倒した時の様子も含まれていたんですね」
「そう、です。最初の三人の時と、覆面の山賊の時の……」
やり取りが、一旦止まる。
ミナセが手汗を拭く。
マークが続けた。
「ファルマン商事の社長さんは、何て?」
「よくやってくれたと、おっしゃっていました」
「衛兵への報告はしたんですか?」
「エルドアへの報告も、イルカナへの報告も、国境近くの駐屯所でシュルツさんがしてくれました」
「なるほど」
そう言って、マークはまた黙った。
ミナセの喉がゴクリと鳴る。手のひらの汗は、何度拭いても止まってくれない。
おそらく、この後にくる質問が、ミナセにとっての試練となるはずだ。
「では」
沈黙の後、マークが、ミナセの目を真っ直ぐに見て聞いた。
「覆面の山賊を殺さなかった理由を、教えてもらってもいいでしょうか」
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