襲撃

「ミナセさんのことが心配なんですか?」


 考え込んでいるマークに、リリアが聞いた。


「まあ、そうだね」


 マークが答える。

 ミナセが商隊護衛に出発してからというもの、何となくマークは落ち着きがない。


「でも、ミナセさんって凄く強いんですよね? ミゼットさんが言ってましたよ」


 戦い慣れした凶悪な大男たち。それを寄せ付けない強さで倒したミナセは、たしかに強いと言えた。

 それでも、マークは心配だった。


「ミナセさんは強いよ。それは間違いない。でもね、世の中には強い人間がたくさんいる。例の山賊がとんでもなく強い可能性だってあるんだ」

「勝てないって分かったら逃げるって、ミナセさん言ってましたけど」

「完全に勝てないと分かれば、逃げてくれると思う。逆の場合でも問題ない。ただ、もし相手がミナセさんと同じくらいの強さだった場合、ミナセさんは真剣勝負を挑むかもしれない」


 ミナセは剣士だ。戦い甲斐のある相手と向き合った時、命懸けの勝負を挑む可能性は十分あった。


「ミナセさんがもう一段、いや、あと二段くらい強くなってくれれば安心なんだけど」


 マークが小さくつぶやく。


「え? 何て言ったんですか?」

「いや、何でもない」


 気にしないでくれと言って、マークは笑った。


「まあとにかく、送り出したからには信じるしかないか。悪かったね、リリアに余計な気を遣わせてしまって」


 そう言うと、マークは途中で止まっていた書類の整理を再開した。


 私も、こんな風に心配してもらえたら嬉しいな


 リリアは、ミナセがちょっと羨ましいと思った。



 商隊は、国境に向けて予定通りの行程で進んでいる。今のところ、特に危険はことは起きていなかった。

 荷馬車の横を歩きながら、シュルツがミナセに話し掛ける。


「悪かったな、無理矢理来てもらって」


 シュルツは、今回の仕事が一度断られていることを知っていた。


「いえ、大丈夫です。ファルマン商事にはお世話になっていますし」


 ミナセが穏やかに答える。


「それにしても、その山賊、シュルツさんでも手こずりそうなくらい強いんですか?」

「ああ、たぶんな。手こずるというより、手に負えないと言った方がいいだろう」

「そんなに?」

「その山賊にやられた傭兵の一人が、古くからの知り合いなんだ。そいつと俺の強さは、ほぼ互角だ」


 性格は悪いけどな、と笑いながら、シュルツが続ける。


「そいつが、あっさりやられた。まったく相手にならなかったらしい。どう考えたって、俺が戦っても同じ結果になる。だから、俺が知る限り一番強いと思うあんたに来てもらったって訳さ」


 女に助けを求めるなどプライドが許さないという男もいるだろう。

 だが、シュルツはそんなことはなかった。

 結果を出さなければ意味がない。プライドは大切にするが、最優先として扱うものではない。

 そんなプロとしての意識の高さがあるからこそ、ファルマン商事から信頼を得ているのだろう。

 ミナセは、シュルツのその姿勢に好感を持った。


 そんな話をしているうちに、一行は峠道に差し掛かっていく。


「ここから先が一番の難所だ。気を抜くなよ!」

「おうっ!」


 団員たちの顔が引き締まる。

 荷馬車に乗っている商人たちも、緊張し始めていた。


 道は蛇行しながら上っていく。もともとは通行量の多い道だ。馬車でも上りやすいように、道の傾斜はなだらかに作られていた。

 だらだらと続く坂を上り続けて、ようやく平らな場所に出た時、索敵担当の団員が鋭く叫んだ。


「この先に反応あり! 数は……およそ二十。おそらく山賊です!」


 索敵魔法は、自分の魔力を周囲に放つことで、生物や無機物に関係なく、魔力を持つものを見付けることができる魔法だ。

 つまり、魔物や人間、魔力を帯びたアイテムなどが発見可能となる。


 分かるのは、およその数と魔力の強さ。術者は、見付けた魔力の数や強弱で相手が何なのかを判断することになる。

 魔力とは無縁の動物や、稀にしかいないが、魔力を持っていない人間は見付けられない。魔力のある人間でも、眠っていたり気を失っていたりすると、漏れ出る魔力が少ないせいで見付けられないことが多かった。


「比較的強い魔力が二つ、あとの魔力は大したことありません!」


 魔物の群なら、一般的にはそのすべてが強い魔力を持っている。今回は、間違いなく人間の集団、それも、この状況から山賊で間違いないだろう。


「迎撃体制を取れ。絶対に守り切るぞ!」


 シュルツの指示で体制を整えながら、団員たちが身体強化の魔法を唱え始める。

 緊迫した空気が流れる中、ミナセが静かに尋ねた。


「私が覆面の山賊を引き受けます。ほかはお任せしてもいいでしょうか?」

「ああ、頼む」


 シュルツの答えを聞いたミナセが、一人、前に出た。



 商隊から十メートルほど前を行くミナセを、木陰から山賊たちがじっと見ている。


「おい、女が来るぜ」

「しかも、すげぇいい女だ」

「久し振りに楽しめそうじゃねぇか」


 山賊たちの目はギラついていた。全員が、商隊の本隊など眼中にないという顔をしている。

 異様な盛り上がりを見せる中で、ふと冷静な声が響いた。


「いちおう言っとくが、あいつはたぶん、強いぞ」


 山賊たちが、声の主に向き直った。


 男たちの中にあっては小柄だ。顔は布で覆われていて、目以外の部分は隠されている。

 小振りの剣を腰に差し、すらりと立つその姿からは、山賊にはふさわしくない品格のようなものが感じられた。


「へへへ。いくら強いったって、相手は一人だ。最近はあんたが全部護衛を倒しちまうから、ちぃとばかし欲求不満でね」

「そういうこと。まあ、ヤバかったら助けてくれや」


 忠告を無視して、五人の山賊が森の中から出て行った。覆面の山賊は、何かを言い掛けて、だが結局何も言わずにその背中を見送った。


「来ます、五人! ほかは動きません!」


 索敵担当の声に全員が武器を構える。

 その声はミナセにも届いているはずだったが、ミナセは剣を抜くことさえしなかった。


「やあ、お嬢さん。こんなところでお散歩かい?」


 ミナセの前に現れた山賊の一人が、ニヤけた顔で話し掛けてきた。


「俺たち、あそこの荷物に用があるんだけど、お嬢さんにもすごーく興味があるんだよねぇ」

「今からひと仕事してくるからさぁ。その後一緒に楽しまないか?」


 気持ち悪い笑みを浮かべながら、ミナセを半円状に取り囲んで、山賊たちが武器を抜いた。

 そんな状況でも、ミナセは落ち着き払っている。そして、ゆっくりと口を開いた。


「お前たちに用はない。後ろにいる傭兵たちが相手をしてくれるから、そっちに行ってくれ」


 そう言うと、まるで山賊などいないかのように、平然と前に歩き出した。


「こいつ!」


 自分たちをまるで相手にしないその態度に、山賊たちの怒りが急激に爆発する。


「ふざけんじゃねぇぞ!」


 一人が叫ぶと、五人全員が武器を振り上げて、一斉にミナセに襲い掛かった。


「危ない!」


 シュルツが声を上げる。

 ミナセは、まだ剣を抜いてさえいない。いくらミナセが強くても、あんな状態では勝てるはずがない。


 やられる!


 間に合わないと分かっていながらも、シュルツが前に出ようとした、その瞬間。


 ズザァァァ!


 ミナセを中心に血飛沫が上がった。


「ちくしょう!」


 シュルツが唇を噛む。


「馬鹿が、相手をなめすぎだ!」


 かすかな望みを掛けてシュルツが走り出した。


 まだ生きているなら助けなければ!


 自分の判断ミスを後悔しながら、血飛沫の中心に向かって駆け寄ろうとしたシュルツは、しかし、突然動きを止めた。

 その目が何かを探している。


 ……ミナセが、いない?


 ミナセが倒れているはずの場所には、ミナセではなく、山賊たちが倒れていた。

 その数、三人。


 残りの二人は、何が起きたのか分からないというように、倒れている仲間を呆然と見つめている。

 その山賊たちの向こう、数メートル先から涼やかな声が聞こえた。


「シュルツさん、残りの二人はお願いします」


 右手に剣を持ち、後ろを一切振り向くことなく、森に向かって歩いている女がいる。

 揺れる黒髪にも、その服にも、血の一滴さえ付いていない。


「おいおい」


 呆れたように、その背中に向かってシュルツが言った。


「あんた、強過ぎだろ」

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