第三章 迷える山賊

商隊護衛

「接近戦は不利だ! みんな奴から離れろ!」

「離れろって、そんな簡単に……ぐあっ!」

「俺が魔法で援護する! その隙にみんな逃げ……がはっ!」

「くそっ、こいつ速過ぎ……ぎゃあ!」

「何なんだ、何なんだこいつは!」


 商隊を護衛していたのは、六人の冒険者。並の山賊なら十人や二十人を相手にしても戦える彼らが、わずか一分で全滅した。

 呆然とする商人たちに、ゆっくりと山賊たちが近付いてくる。

 商人たちは、黙って積み荷を差し出すほかなかった。




 惣菜屋のミゼットの店の前には行列ができている。

 その列の先頭、店の前には、エプロンと三角巾がよく似合う美少女がいた。


「はい、お待たせしました!」

「こちらとこちらでよろしいですね?」

「ありがとうございました!」


 二人同時、時には三人同時に注文を聞き、効率よく商品棚を動き回り、手際よく惣菜を包む。


「すみません、お先にこちらを」

「ちょっと、俺の方が先だよ!」

「ごめんなさい、今お持ちします。ちょっと待っててくださいね」


 にこっ


 あ、かわいい……


「うん、いいよ~。待ってる。俺、ず~っと待ってる」


 クレーム解決。


「今日はコロッケがお勧めです。お弁当と一緒にいかがですか?」


 にこっ


「あ、そうね。じゃあコロッケを……」

「お一つで大丈夫ですか?」


 にこっ


「じゃあ、二つください」

「はい、ありがとうございます!」

「俺もコロッケ!」

「わしはコロッケ三つじゃ!」


 コロッケが飛ぶように売れる。惣菜や弁当が次々と無くなっていく。

 ミゼットと主人が、裏で必死に走り回っていた。補充がまったく間に合わないのだ。

 恐るべき美少女の接客対応力であった。



 そんな店の様子を、少し離れた物陰から見つめる男女がいた。


「さすがですね」


 男が心から感心している。


「負けました……」


 女は、完膚なきまでに打ちのめされて、心から落ち込んでいる。


「まあ、人には向き不向きがありますから」


 フォローしたつもりの男を、女がジト目で睨む。


「いやいや、ミナセちゃんだってちゃんとやってたよ」


 突然背後から声を掛けられ、女が飛び上がって驚いた。


「おじさん!」


 振り向いた女、ミナセが、いつの間にかそこにいた雑貨屋の主人にちょっと怖い顔をしてみせる。


「はははは、ごめんごめん。でも、こんなところから覗いている二人の方が悪いと思うよ。怪しさ満点だったからねぇ」


 まあ、そうね。

 自分でもそう思います。


「それにしても、あの子接客慣れてるねぇ。おたくの社員さん?」

「はい、自慢の社員です」


 マークが、まさに自慢げに答えた。


「そうか。まあ、あの子ならうまくやれそうだね。あの子のことは俺も時々見とくから、二人は仕事に戻りな。このままだと、誰かが衛兵に通報しちまうかもしれないからな」


 にかっと笑いながら、雑貨屋の主人が言った。


「じゃあ、お言葉に甘えて行きましょうか」


 マークがミナセに声を掛ける。


「はい。おじさん、また」


 二人は、リリアに見付からないようにそっとその場を離れていった。



「やっぱり接客は問題ないですね。明日は子守、あさってはお年寄りのお世話と買い出しだから……」


 マークが独り言のようにつぶやきながら歩いている。

 この調子で、リリアの仕事を全部見て回るつもりだろうか?


「社長、伺いたいことが」


 突然、ミナセがマークに問い掛けた。


「何でしょう?」


 ちょっと驚きながら、マークがミナセを見る。


「私の時も、ああやって監視していたんですか?」


 ミナセの顔が、なぜか少しだけ怖い。


「えっ? いや、み、見守っていた、だけです」


 目をそらしながら、マークが答えた。


「でも、最初の一週間だけですよ! ほんとに」

「その間、毎日ですか?」

「えーと、いや、そうですね。毎日、かも」

「一日に何回くらい?」

「あー、どうだったかなぁ。二回か、三回くらい?」


 マークの背中を冷たい汗が流れる。


 もしかして、ストーカーみたいで気持ち悪いと思われた?


 マークが恐る恐るミナセの顔を見ると……。


「そうですか」


 言いながら、ミナセはぷいっとあさっての方向を向いてしまった。


「私、このまま仕事に行ってきます!」


 それだけ言い残すと、ミナセは急に足を早めて町の雑踏へと消えていく。

 その背中を見ながら、マークは反省した。


「リリアは、二日に一回にしよう」



 その日の夜、エム商会の事務所では打ち合わせが行われていた。


「リリア、今日はお疲れ様」


 マークがねぎらう。


「いいえ、全然疲れてません! ミゼットさんもご主人もいい人だったし、とっても楽しかったです!」


 どこまでも元気なリリアと、どこまでも落ち込むミナセ。


「まあ、人には向き不向きが……」


 マークの言葉を鋭い視線で遮って、しかしやっぱりミナセは落ち込んでいた。


「と、ともかく、リリアはいい仕事をしたよ」


 リリアをもう一度ねぎらった後、マークは、仕切り直しとばかりにミナセに話を向ける。


「そう言えば、ファルマン商事からまた商隊護衛の話が来ています。あんまり断るのも申し訳ない気はしますが、ミナセさん、どう思いますか?」


 マークの問い掛けに、仕方なくミナセが答えた。


「とんでもなく強い山賊が商隊を襲ってるっていう話ですよね?」


 町でもちょっとした噂になっていた。

 イルカナの南南東、エルドア王国との国境近くにある峠道は、両国を結ぶ最も主要な街道の途中にあった。その峠道は、昔から山賊が出没することで有名だ。ゆえに、そこを通る商隊は必ず護衛を雇った。

 今までは、きちんとした護衛をつけていれば、ほとんどの場合峠を通過できていたのだ。

 ところが、最近その護衛がまったく歯が立たない相手が現れた。最大で十人の護衛を、たった一人で倒してしまうほどの腕の持ち主だ。


 布で顔を隠しているため、人相はおろか性別さえ不明であること。

 小振りの剣を使うこと。

 そして、誰一人として殺さないこと。


 殺さないどころか、後遺症が残るようなケガさえ負わせない。動けなくするか、気を失わせるだけで、すべての護衛が後に回復している。よほどの実力差がなければできない芸当だ。

 エルドア王国の治安悪化で峠を行き来する商隊の数は減っているものの、ファルマン商事のようにエルドアに支店を持つ会社や、手に入りにくくなったエルドアの特産品でひと儲けしようという商人たちは、危険と知りつつその峠を越えていった。


「ファルマン商事からの依頼は、エルドアの支店までの往復の護衛です。期間は十日間。シュルツさんたちの隊に、ミナセさんが加わることになります」


 シュルツは、ファルマン商事からの信任の厚い傭兵団の団長だ。ミナセとは、面接の時に対面している。

 かなりの強者だという印象があるが、そのシュルツがいても不安だというのだろうか?


「期間が長いので、一度はお断りしたんですけどね。シュルツさんも、ミナセさんの応援が欲しいと言っているらしくて、何とかならないかってご隠居さんからも言われてしまいました」


 エム商会には、現在大量の依頼が舞い込んでいる。リリアの入社で、店番やお手伝いの仕事は回せるようになるだろうが、警備や護衛の仕事はミナセにしかできない。

 十日間もミナセがいなくなるのは非常に痛いのだ。


 とは言え、ファルマン商事はエム商会最大の得意先でもある。特に、最近ではリリアの件でご隠居に助けられてもいた。

 重ねての依頼に、マークも迷っていたのだ。


「とりあえず、今回だけお受けしてもいいんじゃないでしょうか」


 しばらく考えた後、ミナセがマークに言った。


「ファルマン商事にはお世話になっていますし、それに、その山賊を私が何とかすれば、今まで通りの護衛体制に戻せるということですよね」

「まあ、そうでしょう」


 マークの返事は、なぜか煮え切らない。


「それに、私にとってはいい経験になる気もします。強い相手と戦うのは修行になりますし」


 シュルツが勝てないと判断している相手。そんな相手となら戦ってみたいとミナセは思っていた。

 同時にミナセは、エルドア行きに淡い期待を抱く。


 もしかしたら、クレアのことが何か分かるかもしれない


 強く自分を見つめるミナセに、マークが言った。


「ミナセさんがそう言うなら、今回はお受けしましょうか」


 仕方がないというようにため息をつく。


「ただし」


 マークが、真剣な声で付け加えた。


「絶対に無理はしないこと。勝てない相手だと思ったら迷わず逃げてください。安全第一、命最優先でお願いします」


 あまりに真剣なその目にミナセは少し驚いたが、しっかりと返事をした。


「分かりました。いざとなったら、迷わず逃げるようにします」


 こうしてミナセは、初の商隊護衛の仕事をすることになったのだった。

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