理由
「何やってんだい!」
今日も女将のヒステリックな声が響く。
リリアは耐える。叩かれ、罵られ、それでも耐える。
そんな光景を冷めた目で見ていた主人が、珍しく割って入った。
「その辺にしとけ。早く買い出しに行かせないと、仕込みが間に合わねぇ」
その言葉に「ちっ!」と舌打ちをして、女将はリリアを解放した。
「さっさと行っといで!」
リリアは、小さく「行ってきます」と言いながら、かごを持って買い出しに向かった。
その背中を見ながら、主人がぼそっと言う。
「お前、適当に手は抜けよ。いくらあの子が治癒魔法を使えるからって、やり過ぎたら死んじまうぞ」
女将が、吐き捨てるように答えた。
「あたしゃね、あの子が大嫌いなんだよ! まったく、近頃ますます母親に似てきやがって」
収まらない怒りをぶつけるように、持っていた雑巾をテーブルに叩き付けると、女将は店の奥に消えていった。
女将とリリアの母親は、幼なじみだった。家同士の付き合いもあったため、二人でよく遊んだ記憶がある。
だが、大きくなるにつれ、女将はリリアの母親と距離を置くようになっていった。
リリアの母親は、とても美しい人だった。
だが、それ以上にとても優しい人だった。
困っている人には積極的に声を掛けた。ケガをした人を助けたいからと、教会に通って治癒魔法を学んだりもした。
当然近所でも評判の娘で、小さい頃の女将は、よく母親から「あんたも少しはあの子を見習いなさい」と叱られたものだ。
見た目では勝てない。引っ込み思案の自分には、困っている人に声を掛けることもできない。
女将は、彼女を見る度、比較される度に、彼女のことを嫌うようになっていった。
そんな二人に決定的な溝を作ったのが、リリアの父親の存在だった。
二人は、リリアの父親のことを同時に好きになってしまった。
引っ込み思案の女将は、リリアの父親とまともに話をすることもできない。反対に、リリアの母親は次第にその距離を縮めていく。
そしてついに、二人は結婚した。
失意に沈む女将がその頃出会ったのが、今の夫、リリアの父親の兄である。
その兄は、リリアの母親に恋心を抱いていたが、弟に先を越されてしまい、やはり失意に沈んでいたところだった。
二人は何となく付き合い始め、何となく、結婚した。
リリアの両親が亡くなった時、誰も引き取り手がいなかったリリアを、夫婦は引き取ることにした。
家と土地、そしてそれなりの貯金。
正直に言えば、遺産目当てだった。
それでも、子供がいなかった夫婦は、最初のうちリリアを可愛がった。
主人は、リリアに母親の面影を見て淡い恋心を思い出す。
リリアに好みの服を着せて、満足そうに眺めたりもした。
女将は、そんな主人の想いを知りながらもリリアの面倒をみた。
リリアを助け、育てることで、リリアの母親を越えられるんじゃないか。
リリアの母親が得られなかった幸せを、自分が手に入れられるんじゃないか。
二人はリリアに、漠然とした”何か”を求めて家に迎え入れたのだった。
だが、夫婦は徐々にリリアを疎ましく思うようになっていく。
リリアは美しかった。
リリアは賢かった。
そしてリリアは、優しかった。
主人は、そんなリリアを見て、想い人を取られた悔しさを思い出す。
女将は、そんなリリアを見て、リリアの母親に抱いていた劣等感を呼び覚ます。
リリアが成長するにつれて二人はリリアにきつく当たり始め、そしてそれは、徐々にエスカレートしていったのだった。
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