第3話




「――じん。それにゆいも」

「おう、起きてたか真人」


 亜麻色の髪をかき上げながら、友近ともちかじんは爽やかに微笑んだ。

 甘く整った顔立ち。すらりと伸びた八頭身のモデル体型。

 平凡な男子高校生を絵に描いたような真人とは、まるで別世界の人間だった。

 容姿も挙措も物腰も、同い年とは思えないほど垢抜けている。

 それこそ、恋愛ドラマの主役級にいそうなレベルのずば抜けたルックスの持ち主だった。

 ありふれた高校指定の夏服さえも、彼が着こなせばお洒落なファッションに早変わりだ。

 そして――


「具合はもういいの、真人?」


 ずいっと詰め寄り、気遣わしげにこちらを見上げる小柄な少女は、友近ともちかゆい――仁の双子の妹だった。

 ふわふわとした亜麻色のポニーテール。

 一卵性だけあって、顔の造りは仁に良く似て美しい。

 だが、造り自体は同じでも、気質や性格というものは自ずと顔つきに表れるものらしい。

 仁が軽薄な色男なら、結は屈託の無い元気っ娘だった。


「うん。心配かけてごめん。もう平気さ」


 そう言って、満面の笑顔を返す真人。

 大丈夫。ちゃんと笑えている。


「そっか! あ~、良かった! 真人、いきなり倒れるんだもん! びっくりして心臓飛び出るかと思っちゃったよ!」

「感謝しろよな真人。とっさに俺が支えに入らなかったら、マジ洒落にならなかったぜ」


 安堵に胸を撫で下ろす結の隣で、仁が得意げに胸を張る。


「ありがとう二人とも。君たちにはいつも助けられてばかりだね」


 本当にそうだ。

 特にここ最近は何かと迷惑ばかりかけているというのに、嫌な顔一つせず、当たり前のように手を差し伸べてくれる二人には、感謝の念しか浮かばない。


「へへ、どういたしまして」

「何、いいってことよ! そうそう、木村と須藤にも礼言っとけよ。あいつらも、お前を保健室ここまで運ぶの手伝ってくれたんだからな」

「分かった。そうするよ」


 素直に頷く真人に、結が学生鞄を差し出した。


「はい、これ! 真人の鞄! 持ってきてあげたわよ!」

「ありがとう、助かるよ」


 真人は鞄を受け取り――そこで、ふと気づく。


「……もしかして二人とも、僕を待っててくれたの?」


 仁も結も帰宅部だ。

 本来ならとっくに下校している時間である。

 それが、こうしてまだ残っているということは、つまりそういうことなのだろう。

 教室で真人の帰りを待っていたが、最終下校時刻が迫ってきたので保健室まで起こしに来た――おそらくはそんなところだろうと、真人は見当をつけた。


「ふっ、当然だろ? 友達ダチを置いて帰れるわけ――」

「ダウト! 仁、あんたは違うでしょ? 五股がバレて、さっきまで校舎裏で吊し上げ食らってただけでしょうが!」

「おま――っ!? どうしてそれを!?」

「女子のネットワークを舐めないことね。それにしても、まったく! 女の子を次から次へととっかえひっかえ――! 妹として、恥ずかしいったらありゃしない! あんた、本当いい加減にしておかないと、そのうちマジで刺されるわよ!」

「ははは! 安心しろマイシスター。彼女たちとは、ばっちり円満に別れを済ませたぜ!」

「五股かましておいて丸く収めるなんて、さすが仁」

「威張るなバカ兄貴! 真人も感心しない!」


 腰に手を当て、ぷんすかと鼻息を荒くする結。

 仁は「へいへい」と、おざなりな調子で結の文句を受け流し、


「――っで、そういうお前はどうなんだよ?」

「? どうって?」

「だから、他に用も無いのに、わざわざ真人のこと待ってたのかよ?」

「当たり前でしょ! あんたと一緒にしないで!」

「へー」


 鬼の首を取ったかのように、仁の口元がにやりと歪んだ。

 その様子に不穏なものを感じ取ったのだろう。結は警戒心を露にする。


「な、何よ?」

「べっつにー。ただ、結は偉いなー、と思ってよ。だってそうだろ? たまたま残ってた俺と違って、一時間以上も真人のことだけを待ってるんだもんなー。健気と言うか、一途と言うか……」

「なっ!?」


 にやにやと、からかうように笑う仁。

 ぼふん、と、湯気でも上げそうな勢いで顔を赤らめる結。


「へへへ変な言い方しないでよ! そりゃだって、幼馴染が倒れたのよ!? 心配して当然じゃない!? しかも、今は同じ家に住んでるわけだし! なら待つでしょ、普通!?」


 しどろもどろに言い募る結。

 世話焼きで面倒見の良い姉御肌な結だが、一方で非常に照れ屋な一面を持っていた。

 そういうところが可愛くもあるのだが、自分のせいでからかわれているとあっては、黙って見過ごすわけにはいかない。


「人の善意を茶化すのは良くないよ、仁」


 やんわりとたしなめる。

 真人としては結に助け船を出したつもりだったのだが……なぜだろう。

 仁は残念なものを見るような目を真人に向け、結はがっくりと肩を落とした。


「……お前にはがっかりだよ、真人」

「……ははは、ですよねー。知ってた。だって真人だもん」

「え、何これ? 何で僕が悪いみたいな空気になってるの!?」


 問い質す真人を尻目に、二人は顔を見合わせ、深々と溜息をついた。

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