第3話 レディース英語勉強の極意を授かる。
3 レディース英語勉強の極意を授かる。
「死可沼なんてさ、『下妻物語』でカノ有名なジャスコに見限られた街だ。あれから、数十年が経っているのに。ジャスコの後は廃屋となったままで昼間でも幽霊がでるって噂だ。死可沼のひとは、ジャスコがつぶれたというが、倒産したわけじゃない。将来発展の見込みがない街。したがって、売り上げが伸びる可能性が極めて低い。それで撤退した」
「センセイ。ハーイ、質問です。ジャスコってなんですか」
「イオンのことよ」とヒロコが応えてくれた。
撤退したのと、倒産の区別もつかない田舎モンの街だ。わかっているのだが、将来性がないと撤退されたのではシャクだから、倒産したのだとうそぶいている。そんなところが本音だろう。
低所得層が多すぎる。もちろんかくいうアサヤもその最たるボンビーだ。だから、みんなでがんばって授業料の安い県立高校にはいろうよ。と……こう話はつづく――。わかったね。
「押忍」と元気な気合いのこもった返事がもどってくる。
「マズ、ABCから書こう」
ガクッとレディース十人の面々が机にノメル。なかにはマジで机におでこをドンと叩きつけたオジョウもいる。
「アサヤのオッチャンなんぼなんでも、いくらアタイたちがおちこぼれのビリギャルでも、ABCくらいはかけるよ」
とサブヘッドのユカが代表して、それでも、アサヤがこわいのかおずおずという。
「ところが左にあらず。兎のフンみたいにブツブツ並んだブロック体ではなく、筆記体だよ」
こんなふうにと黒板に書いてみせる。ものすごいスピードでチョークが黒板の左端から右に移動する。aからはじまってzに達するまで、約10秒。ハヤーイ。
「どうだ。筆記体の小文字を5分で30回。はじめ」
全員があわててと鉛筆をにぎる。
オマンチョ握りの子がおおい。彼女たちにはさすがに、そうはいえないが。親指が人差し指と中指のとの間につきでている、アレダ。マノフィカ印相。女握り、性印相とも呼ばれている。
いまどきのガキンチョは鉛筆もまともににぎれない。だいいち文字を書いたことがないのだ。あらゆる塾では、プリントを使って、マークシート方式の授業と試験を採用している。解答欄に○、×をつけるだけだ。記述式は敬遠されている。
この方式なら点数をつけるのにとても簡単きわまりない。コンピューターで瞬時に処理してしまう。塾によったら、教えるのは先生とはかぎらない。生徒たちよりは先に生まれていることは確かだが、アルバイトの学生だ。そうした大型塾ほど盛況だ。
「はあい、ストップ。赤信号」
「一回書けないよ。だって筆記体なんて、学校でやってないもん」
「わたしは二回書けたよ」
「それでいい。それでいいのだ。このつぎにはもっと書ける……。その進歩するのが楽しみなのだ。さあそれでは、お経を唱えるようにABCを十分間朗唱しょう」
「ヤダァ、またABCなの」
「キララ」
リーダー、ヒロコの一喝にキララが首をすくめる。
「コウボウダイシクウカイ様が仏教の勉強を始めるにあたってグモンジュホウを学ばれたのはあまりにも有名な話だ。これがその「求聞持法」にあたるんだ。記憶力を高める方法だ。騙されたとおもって、はい、abcdefghijklmnopqrstuvwxyz。はいもういちど。さらにつづけて」
英語の勉強には、口と耳とスピードが命だ。
この三つを鍛えれば成績は必ず伸びる。
かくしてアサヤ塾の教室はチュウチュウパッパの雀のガッコウではなく、ABCの教室になった。スズメならぬ、レディースに向かってアサヤはタクトを振る思いだった。
教訓一。息がつまるほど速くABCを唱えること。これを十分。
教訓二。アルフアベットの小文字を筆記体で五分間にとりあえず二十回書けるまで毎日練習すること。
「ナンジャソリヤ」
「カナリキビシスギナイ」
「サギってるみたい」
姦しいこと、かしましいこと。
だいいちアサヤにとっては、英語を理解するよりむずかしいガキンチョの流行語だ。いちいち解説してもらわないことには理解不可能だぁ。
それでも、第一回目の授業は無事にすんだ。
うれしいではないか。教え子の子どもを教えることになったのだ。
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