インスタ映えしたくなる勇者

ちびまるフォイ

大挙し押し寄せるは魔の手先

「みなさん、僕が来たからにはもう安心!

 神様より授かったこのチート能力で、

 コンサートチケットの転売と魔王を見事駆逐してみせます!」


高らかに宣言した勇者は村の人々の歓声につつまれた。

のは、勇者の脳内だけだった。


村の人達はしんとうつむいたままだった。


「どうしたんですか?

 ソフトクリームが途中で折れたみたいなときのような顔をして。

 そんなに僕の能力が信じられないんですか? 勇者離れ?」


「そんなんじゃないさ」


「なら、もう少し僕を褒めちぎってハーレムを作っていいんですよ?

 これからなんやかんやで世界救うんですから、

 もうちょっと感謝とお茶菓子のひとつでも出していいと思います」


「勇者さん、あんたはここに転生して間もないから

 まだ知らないようじゃが、ワシらはもっと困っていることがあるんじゃ」


「困ってること? 月のデータ通信量ですか?」


「勇者さん。あんたも自分の家に帰ってみるといい」


勇者はなぜ自分が感謝されないのかわからないまま自宅に戻った。

家の前にはまるで観光スポットのように人が集まっていた。


「な、なんだこれ!?」


「すげぇ、勇者の家だーー」

「投稿投稿っと」

「はい、チーズ」


集まる誰もがスマホを構えて記念撮影を繰り返していた。


「お、鍵あいてるぜ」

「中入ってみようか」


「おいおいおい!! ちょっと待てって!!」


勇者は慌てて観光客を連れ出した。

部屋には今朝注文した『ドキッ水着だらけの魔王討伐』が玄関に置きっぱなしだった。


「なに人の家に……それも勇者の家に勝手に入ってるんだ!」


「だって鍵開いてたし」

「中はインスタ映えしそうじゃん」


「ダメダメ! ここは神聖不可侵の勇者の家なんだから!」


「でも、あっちの人は窓を割って入ってたよ。

 玄関から入っている私達が怒られるのは不公平よ」


「窓から!?」


勇者は家の裏に回ると、ガラスが割られて中で自撮りを繰り返していた。

その手口はすでに空き巣をもしのぐ。


部屋に入るとタンスを勝手に開けて飾り始めたり、

持っていたファストフードのゴミ袋をポイ捨てたりと無法地帯。


最終的にタバコの吸殻で家が全焼したあとで、村の人達がやってきた。


「わかったじゃろ。魔王討伐うんぬんよりもこの世界の問題が」


「ええ……身にしみました……。彼らはいつからこっちの世界に?」


「つい最近のことじゃ。"いんすた"なる奇怪な能力でこの世界に来たかと思うと

 さまざまな場所にでかけては荒らして帰っていくんじゃ」


「みなさん、安心してください。

 魔王も大事ですが、まずはみなさんの問題をこの勇者が解決しましょう。

 チートがあればなんでもできる! 彼らを追い出すことだってできるはずです!」


「おお! 頼んだぞ!!」


今度は村の人々から一斉に拍手と感謝の生卵が投げられた。


勇者はさっそくあたりの家や建造物をクワで破壊し資材を集めると

「立入禁止」や「この先私有地」などの看板を作り始めた。


「これだけ見やすく設置すれば、奴らも来ないだろう」


勇者が安心したのもつかの間、

スマホを持った人たちは看板も無視してどんどん進んでいった。


「へいユー!! ストップストップ!! なに入ってるんだよ!

 この先立入禁止かつ地雷ゾーンって看板見えないのか!?」


「見えませんでした。耳にバナナが入っていたので」


「うそくせぇ!!」


看板は効果がなかったので、今度はパンフレットを配ることにした。

やってきた人たち一人ひとりに、どこが立ち入り禁止なのかマップを渡した。


「こことここには入らないでくださいね」

「はいわかりました」


パンフレットを受け取った人たちは誰もが素直だったが、

あっさり立ち入り禁止区域に踏み込んでいるから勇者は人間不信になった。


「よくもだましたぁぁぁぁ!! だましてくれたなぁぁぁぁ!!」


それでもここでくじけたら勇者じゃない。

まだ短編1話分の文字量に達していない事も踏まえ勇者はあらがった。


「こうなったら直に注意するしかない!」


魔法で立ち入り禁止区域にセンサーを張り巡らせて、

誰かが立ち入ったらワープして注意し帰ってもらう。


最も原始的で、最も効果的だと思う方法をとった。


しかし、それも3日目を過ぎたあたりで限界が来た。


「き……キリがない……多すぎる……」


立ち入り禁止区域から360度の全方位から人々は同時にやってくる。

24時間おきっぱなしでチートだろうがなんだろうがすでに限界。

たまごっちだったらすでに死んでいる。


これだけ頑張っても未だに被害が出ていることに、村の人達も起こり始めた。


「おい勇者さんよ! うちの畑がインスタばえとかで荒らされてるんだけど!」

「本当に阻止しようとしてるの!? 全然減ってないじゃない!」


「みなさん落ち着いて! 落ち着いてください! 俺のズボンを下ろさないで!」


「こんな頼りない勇者に任せちゃダメだ! ワシらでなんとかしようぜ!」

「今度うちの家に勝手に入ったらぶっ殺してやる!」

「入り口に地雷を仕掛けておくのはどうかしら?」

「番犬を置こうぜ! 勝手に入りやがったら噛み殺してやるんだ!」


「みなさん、そんなことしたらダメですよ! 同じ人間でしょう!?

 自分の都合で人を殺すなんて、それじゃ魔物と一緒じゃないですか!」


「だったらあんたがなんとかしろよ!」

「そうだそうだ!」

「チートなんて、なんの役にもたってないじゃないか!!」


「……いいでしょう。今度こそ世界を平和にしてみせますよ!」


勇者は全員に誓った。

けれど、その言葉を誰も信じなかった。



数日後、嘘のように世界は平和になったので村の人達は驚いた。


「勇者さん、あれからうちのプールに入ってくる人がいなくなったよ!」

「私の冷蔵庫を勝手に開けられることもなくなったわ!」


「よかったです。世界を平和にするのが勇者のつとめですから」


「看板立てても、注意しても聞かなかったのに

 嘘のように来なくなったけど、あんたいったいどんなチートを使ったんだ?」


「いえ、チートじゃないですよ」




「魔王の城が最高にインスタ映えする場所だと教えたんです」

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