女将と女神はカミ一重

 その異様な姿を見て、その場の冒険者達は絶句した。ニールもまさか海龍が人型になってギルドまでやってくるなどとは思ってもみなかったのだろう、腰を抜かしてしまっている。

 しかし、予想に反して冒険者達は次々に笑い始めた。笑う理由がおおよそ見当もつかない。なんだ、この人たち。


「おもしれえ! 長年冒険してきたが、こんなのは見たことがねえや」


「ガハハ! まったくだ!」


 そんな様子を見てか、デルもなぜか満足げに手を人のものへと戻した。言葉はわからずとも、何か良い感情を向けられていることは察したのだろうか。

 ニールの手を引っ張り上げ床から引き剥がすと、ニールも俺へと笑いかけてきた。


「冒険者は見ての通り、新しいもの好き、刺激のあるもの好きなのです。冒険心がくすぐられたのでしょう」


「ああそうかい。そろそろ成功報酬がほしいんだが……」


「私も冒険者の端くれ。久々にワクワクしてしまいました!」


「いやあの、報酬……」


「今日は宴にしましょう!」


 俺は少しずつ引き下がると、式谷とデルの腕を無理やり引き、ギルドから脱走した。デルは困惑したような表情で俺を見上げてきた。


「どうして逃げるのだ人間……いや、御影よ」


「どうしても何も宴などする意味はないし、何よりそんなことをしている暇があれば、さっさと海を目指して旅に出たい」


「ふふ、そんなこと言って、照れ臭いだけのくせに」


「式谷、その忌々しいにやけづらをこちらに向けるな」


 三人は夕暮れの町を駆け回り、ようやく宿まで辿り着いた。冒険者ギルドの連中は頭のネジが見事に外れている。もうあそこには寄りたくないな。

 宿の扉を開けると、いつか見たようなふくよかな女将が、俺を見るや否や、大きな足音を立てながら駆け寄ってきた。張り倒された記憶が鮮明に蘇り、俺は思わず後ずさった。


「アンタぁ! 大丈夫だったのかい?」


 予想に反して女将は俺を抱きしめてきた。ああすごくふかふかだ。熊に抱きついたらこんな感覚なのだろうか。

 ん、少し苦しくなってきた。女将、そろそろ、そろそろキツい。


「ああとりあえずはな。だがいったいどうして」


 俺から離れた女将は、目元に浮かんだ涙をエプロンで拭いながら笑いかけてきた。


「いや、アンタらが海龍を退治しに行ったって噂聞いてさァ。アタシが冒険者ギルドで稼いでこいーなんて言ったもんだから、ヤケでも起こしたのかと思って心配してたんだよぉ!」


 女将ではない。女神だった。母性の塊なのか。この世界で初めて心癒された瞬間だ。ニールも良いと思ったが、ニール含むギルドの連中のギラついた眼差しを思い出すとまだ寒気がする。今この状況を物語に例えるのであれば、間違いなくヒロインはこの女将である。


「そんな噂は嘘っぱちだが、ギルドで金は稼いできた。今夜はこれで泊めてもらおう」


 俺は前金として貰っていた金を見せびらかすと、女将は目を見開いてから、目を細めて笑いかけてきた。


「よしきた! お腹空いてるだろう? 三人ともうちの酒場へおいで。たらふく食べさせてやる」


「本当か。助かる」


 宿屋に入って左の扉を開けると、ひとつの大きな酒場が併設していた。人気があるのか、様々な声や物音によって賑わいを見せていた。

 一つのテーブル席につくと、「オススメを持ってきてやるよ」と女将が意気揚々と奥へと引っ込んで行った。

 ここ数ヶ月ぶりに、笑みがこぼれたかもしれない。悪くない。人が多い場所は好みではないが、今、この状況は、悪くないと思った。

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