記憶の欠片

────豪勢な肉料理を女将の宣言通りたらふくになるまで食べた。

 別の席から聞こえてくるのは、どうやらリースのことを話しているようであった。


「デルサデルがシュッツガルムに対して正式に宣戦布告をしたそうだよ」


「とうとうしちまったかぁ。他人事じゃないな。早いとこ出国しないとまずいんじゃないのか」


「何か怪しいタイミングの宣戦布告だからね。例えば中立国のグラントなんか良いんじゃないかなあ」


 あの胸糞兵士の言っていた四大国の話だろうか。そのうちのどこかの地方都市がこのアトラヴスフィアということらしいが、これから知っていく必要はあるだろう。機会があれば女将にでも聞いてみよう。

 俺が聞き耳をやめると、機を見計らったようにしてデルが俺へと顔を向けた。


「御影に式谷よ、ひとつ確認したいことがある」


「確認?」


「黙っておったのだが、実は我にも人の言葉がわかるようになったようなのだ」


「もう覚えたのか」


「そんなわけなかろう。どうやら、お主らが神言を話せることと同じであろうな」


 式谷はずいと身を乗り出し、俺へと顔を近づけた。その能面のような笑みをやめろ。不気味で仕方がない。


「そろそろ白黒はっきりさせましょう。御影さん、あなたの力、それはなんですか」


 俺の力と言われても、記憶がないものをどう話せというのだ。そう、覚えがない。だが何か知っていたことは確かで、俺の体はこの異変にどこか慣れてしまっている風だった。

 頭では理解している。ハタから見れば何かを隠しているようにしか見えないことを。


【忌々しい力だ】


ズクッ。


「いっ……つ」


 唐突に、針で突かれたようなか細い痛みが脳を駆け巡った。


────脳裏に幼い俺の姿があった。そうだ、いつだって俺はそんな風に耳を塞ぎ、目を瞑り、口をつぐみ、俯いて怯えていたのだ。


「こんな力、いらなかった! 何もかもめちゃくちゃだ!」


 そうだ。そんなことも叫んだことがある。


「もう、全部……忘れてしまいたい」


 自ら、記憶を消し去ったのだろうか。


「バケモノめ。お前なんぞ息子じゃあない」


「お願いよ、創一。大学の間だけでも良いの、離れて暮らせないかしら」


 そんなことも、言われたか。思えば上京して一人暮らしをしていたのも、自ら望んでいたことじゃない。要は厄介払いなのだ。

 バイトを適当にして小遣いを稼ぎ、習いたくもない勉強をし、そんなところで頑張ったとして、未来は毎日働かなければならない耐え難い地獄が待っている。帰る場所もない────俺の世界には光がなかった。


 気づけばいくつか思い出したことがある。


 一つ目。大学を辞めてから帰らなかった理由、それは両親から酷く疎まれていたからである。しかしそれより前、疎まれた理由やこの力を持った理由は、未だにわからない。


 二つ目。俺はこの力に関する記憶を、自ら消し去ったのだと。



────俺がふと我に帰ると、怪訝そうにデルが俺を見ている。そんなモブ顔で見つめるな。


「少し思い出せたが、この力に関連することではない。ただ、俺が自ら記憶を消したであろうことはわかった」


「その記憶の糸を手繰り寄せない限りは、謎は解けないわけですねぇ」


「しかしその力、我は興味を惹かれておる」


 龍神殿に興味持たれるなど、元の世界では逆立ちで町を闊歩したとしても、想像すらできなかっただろう。無論しないが。

 しかし自分のことだ。いつかは、思い出さねばならないだろう。いつまでも巻き込まれたくはないからな。

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