達成報告

────まだ日は高かったが、アトラヴスフィアへ帰還を果たし、冒険者ギルドへと戻った。


 道中、椅子に座ったまま浮遊している老婆がいた。俺もあんな風に飛んでみたいものだ。魔法は、諦めたほうが良さそうである。


────目をまん丸にして見つめてくるニールに、恐る恐る龍神デルヘモイ・ケイス・オプニュート、略してデルの逆鱗と髭を手渡した。他の冒険者達も初めはバカにしたようにチラチラと見てきていたが、その冒険者の経験から、何やらこの鱗と髭が尋常のものではないことに気づき出すものもいるようであった。

 事実、ニールもじっくりと手渡されたものを眺めるが、いまだに絶句している。


 デルから、旅の資金としてまずは依頼を完遂するよう、この逆鱗と髭を手渡せと言われ、言いなりのままギルドへ戻ったわけだが、想像以上の反応だ。なお、式谷とデルはギルドの前で待機している。


「そ、そんなもんニセモノに決まってらぁ!」


 周囲に反発した冒険者がズケズケと逆鱗に手を触れようとしたとき、流れるような動きでニールが冒険者の首元に手先を当てがった。正確には、その袖から伸びた出た刃物を、向けていた。ニールは表情を崩さず、顔も向けず、男の首の目前で、刃を留めていた。


「ヒッ!」


「こらこら、ダメじゃないですか。他の人の戦利品に手を出すなんて」


「じ、冗談じゃねぇか、ば、きゃろう」


 男が後ずさると、ニールはそのまま俺へと近づいてきた。ちきちきちきと刃を袖に収めながら詰め寄るものだから、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。


「ヒッ!」


「や、やですねぇ。何もしませんよ」


「ああ、そうなの」


「こんな上等な鱗に髭、見たことありません。いったいどうやって?」


「まあなんだ、海龍がいたんだ。本当に。言葉が通じたから町のみんなが怖がってる、海に帰ってくれないか、と頼んだ」


「本当に、そんなことが……?」


 さすがのニールもいぶかしげに俺を見つめてきた。それはそうだろうとも。俺だって突然「グレイ型の宇宙人と話して光線銃手に入れた」と見せつけられても、信じられはしない。

 だがそんなことは折り込み済みである。


「式谷、デル、出番だ」


 扉に向かって声をかけると二人が状況を確認しながら入ってきた。こんな面倒な、回りくどいことをしたのにも理由はちゃんとある。

 これから海を目指しに行く、というのは約束してしまったからには果たさねばなるまい。でなければ食われてしまう。


 しかしながら、この世界を、少なくとも人間界を何も知らないこの三人組が下手に目立ちたくはなかった。良いことより悪いことのほうが多いとは思わないか。すり寄る者もいれば、道を阻む者などなど、よこしまな考えを持つ者はいくらでも出て来かねない。

 恐らくこの世界、リースは全体として、俺のいた世界より文化レベルが低い。ということは治安もそれに伴って悪いといえる。少なくとも、この数日で見聞きした範囲内での話だ。


 俺達の世界では空を飛ぶのも火を起こすのも、困ったときは飛行機を作る、チャッカマンを作る、といった創意工夫をしていた。それがこの世界は、いずれも魔法が解決してくれる。それも文化レベルの進化が停滞している一因なのだろう。本来その創作物から生まれる副産物的、副次的に生産されるべきものから、その創作物などから更なる発展への可能性もあったはずだが、その道が閉ざされてしまっている。

 文化レベルが低ければ、町全体の治安などもいっこうに良くはならないはずである。発展がないのであれば、警備体制、治安維持にも発展はない。つまりは、やりたい放題の無法地帯も同然。それは衛兵達の仕事も山積し、陰で犯罪に手を染めてしまうのも……手を染めちゃダメだが、頭でロジックは理解できる。


 二度目だが、そんな世界でやたらに目立つべきではない。リスクが高い。

 やはりデルを止めようかと振り向くと、既にデルの腕から先だけが、元々の姿に戻っていた。元々の腕は体に対して飾り程度に小さかったが、人の体から生やすと、不自然に感じるほど巨大であった。

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