デルヘモイ・ケイス・オプニュート
「ぷ、くは、うははは!」
吹き出す式谷を横目に、黒人はそのまま近づいて来る。静かな湖畔で、裸の黒人と大笑いする女と俺。客観的に見ればまず詰所で事情聴取される事案であろう。
「む、我は笑われておるのか。この外見、おかしいか?」
「ああー……まあな。もっと、こう、平均的な感じにならないのか。目立つぞ」
そう言うと「目立つのは困る。ふんぬ!」とひとしきり力んだと思えば、次にはどこにでもいそうな、いわゆるモブ顔の素っ裸の女性が現れた。俺は思わず顔をそらした。
そのままいくなら、男になると思うだろうが。全身ガン見してしまったぞ。
「お、おい、おい! 服だ服を着てくれ!」
「人間は衣服の文化があったのだったな」
チラと見ると、海龍は市民がよく着ている麻の服を、まるで自身の肉体のように体から生やして、あたかも着ているように擬態した。気づけばアトラヴスフィアの市場で売り子をしていそうな、いかにも一般市民しています的風体になっていた。
口調を変えてしまえば、龍だったことも黒人だったこともバレるはずはない。
「それで、俺らに決めたというのは、どういうことなんだ。わざわざセルフ擬人化までしてくれるとは」
「貴様ら、海龍退治依頼を受けてここに来たのだろう。退治依頼がかかるよう、通りがかりの者を脅かしてやったのだ」
自殺志願かな? といっても、あの巨体を退治できる想像がつかない。熟練の冒険者などはできてしまうのだろうか。息を吹きかけられただけで、飛ばされそうになったというのに。
「目的がありそうですね」
カロンを鞘に収めた式谷は、すっかり慣れきった態度で海龍に微笑みかけた。
「────海へ、帰りたいのだ」
「いや、あんた今人間になってるんだから、海まで行けるでしょ」
「わからぬのだ。陸上はどこも同じようにしか見えぬ。それに、一度試したとき関所が越えられなかった。言葉が通じず、一糸纏わぬ姿だったからか、一切を受け入れてもらえなかった」
そりゃあんな素っ裸のムキムキ黒人に、意味不明な言語を浴びせられながら迫って来られたら、誰でも警戒はするだろう。俺なら泣きながら逃げる。
なるほど、人間の常識がわからなかったから帰るに帰れず、湖に引きこもってたわけだ。
「しかし
「いや貴様らでよい。
勝手にオーディション合格にしてくれるな。こちとら望んじゃいない。
「さっきから神言神言ってなんだ。俺とお前、なんなら式谷も言葉通じてるだろう」
海龍は神妙な表情を俺へと向けてきた。
「貴様からは尋常ではない瘴気を感じる。神言の理解を自覚なしに……気になるな」
「さっきから何を言って────」
「神言は、神の言葉。文字通り、神のみが語り、神のみが解ることのできる、神界の言の葉なのだ」
「か、神? 神界?」
「そうか、名乗っておかねばな」
海龍はモブ顔のまま、湖に背を向けたまま俺たちに向かった腕組みをした。
「我は龍神が
彼女はこう続けた。
「────すなわち、神だ」
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