第109話 物量で圧倒する作戦(主に経済戦)
皆が出ていくと一人残った城の主のキャンベル殿は、とても心配そうな顔をしてリグ殿に話しかけた。
「わ、私はゼノア女王にリーア様ほどふさわしいお方はおられぬと重々承知しているのだが……」
「それで?」
リグ殿は冷たく返した。
「今晩の祝宴の話だが、恥ずかしながら、内戦の影響で、城には食料はほとんどない状態で……」
「ああ、そんなことなら……」
「この城だけではない、近隣も昨年が不作だったもので……」
「心配はいらない。料理人は残っているのか?」
「もちろんおります。厨房も残っているが、何しろ酒も貯蔵品も何もない。あのセレイ姫の税収集とかのならず者が根こそぎ持って行ってしまったのだ。立場上、反対できないもので……」
「ならず者なのですか?」
面白くなってリグ殿は聞いた。
「それは……ならず者というか流れ者というか……。追剥でもして暮らしていたのではないだろうか。それがセレイ姫の証文をもって、あちこちから略奪を繰り返していたのだ」
リグ殿はおかしそうにしていたが、その時、従者たちが知らせに来た。
「今、荷物が届いたようだ」
大きな馬車が何台も到着した様子だった。キャンベル殿が驚いて、首を伸ばして窓の外を見てみると、それはマノカイの馬車だけではなかった。ここへ至るまでの街道沿いの領主たちの馬車や荷車だった。それぞれの荘園の名や、あるいは領主の名前などが書いてあったり、旗印がくくりつけられたりしていた。
「あの者たちは恭順を誓ったのだ。もうセレイ姫の残党に襲われることはない」
キャンベル殿は目を白黒させた。馬車や荷車は彼が思っていたより、ずっとずっと多かったのだ。牛や豚、鶏などまでいた。
「さあ、貴公さえよければ、一緒に行って、貯蔵庫にあれらの品々を納入したい。今晩のメニューは豪華なものにせねばならない。なにしろ、陛下がご臨席されるのだからな。キャンベル殿、ここで腕を振るえば覚えがよろしくなるぞ?」
宴会はゼノアの者たちにとって驚きだった。
夕闇迫るころ、不安そうな顔つきでやってきたゼノアの者たちは、これまでと打って変わって暗闇の中で煌々と輝くキャンベル殿の城の様子に驚いた。
「簡単な食事をご用意いたしました。のども潤してくださいませ。」
マノカイの料理人が述べた。
「簡単な食事」は見たこともないほど、豪華な宴会だった。どこが簡素なのか、キャンベル殿の大広間に招き入れられた客たちはひどく驚いた。
戦時中のはずなのに、惜しげもなく昼のように明かりがともされ、鶏のロースト、魚のフライ、牛肉のロースト、煮込まれた豚肉料理や野菜料理、銅製の大鍋にはいろいろな種類のスープやシチューが湯気を立て、良い香りをさせていた。
彼らは、マノカイ式の、酒や料理があふれだすように豊かな宴席になれていなかったのだ。特にここ数年は。
「先にお召し上がりください。正式の晩さん会ではありませんから」
何でもなさそうにマノカイ側は勧め、一緒になって食べ始めた。ゼノア側も空腹だったし目の前の素晴らしいごちそうは魅力的だった。
マノカイの人々が食べ物や酒を全く惜しまない様子からは、マノカイの豊かさが感じられた。
「この酒はマノカイから持参しました」
凝ったラベルがついていて、ビンも上等でまだ新しく、なにより実にうまい酒だった。いくらでも飲める。その高そうな酒がどんどん出てきた。
しばらくすると、豪華な真紅の衣装のマノカイの女王が大勢のマノカイの者たちにかしずかれて入ってきた。
王配殿下を中心とした、マノカイ軍の貴族たちは、同様に高価なものを身に着けていた。たとえ色目が地味でも見るからに上質な服地だったり、高価そうな武具、飾りだった。
食べ物はおいしい上に豊富だった。多くの召使たちが丁重に歩き回り、つい手を出したくなるおいしそうな料理や酒をしきりに勧めていた。カスタードの菓子や砂糖漬けの果物入りの焼き菓子、ゼノアでは初めてだったアイスクリームなどデザートは種類が多く、しかも食べたことがないほどおいしかった。
だんだん人々は打ち解け、食事があまりにもおいしいので、こっそり家族へ持ち帰ったようだった。マノカイの者は誰もそれを咎めなかった。
圧倒的な物量はマノカイの作戦だった。
草の根を齧ってでも、貧困に耐えて、マノカイに抵抗する理由なんか、どこにもなかったのだ。
そもそも、誰に忠誠を誓えというのだ。
王になるべき人物は、リーア陛下以外もう誰もいなかった。
リーア陛下は、歴然たるゼノア王の直系だった。文句を言う理由がなかった。
彼女は、ゼノアの今後の見通しについて少し語った。ゼノア城の再建とフィン族への備えについてだった。これは、どのゼノア貴族も反対のしようがなかった。
陛下は、細かい計画は後日発表されるが、城の再建に際して、労役を担う者には相応の報酬があるといった話を始めた。
戦争がないなら人手は余っており、現金払いの請負事業は、領地と労働力を抱える貴族には興味ある話だった。今年は不作だったが、カネさえあれば、マノカイから食料を買い込むことだってできるのだ。
新しい事業の話は、集まったゼノア貴族にぼんやりとした希望をもたらした。
だが、会が終わって、城の外に出ると、整然と統制された大勢のマノカイ兵が、厳重に警備にあたっている様子が目についた。
かがり火は等間隔で焚かれていて、武器は灯火を映して輝いていた。着ている軍服は上質で新品だった。
その光景はゼノアの貴族たちの自信を失わせた。彼らはできれば目を合わせたくなさそうに、こそこそと家路を急いだ。
彼らの懐には、さっき、食卓から掠めたおいしそうな料理が隠されていた。ここ数年、不作だったり、戦争だったりで、こんなごちそうは領主といえどもそうそう口に入らなかったのだ。それを思うと、なんとなくみじめな気持ちになった。
キャンベル殿はその様子を眺めて心配していた。まるで自分がマノカイ女王を招き入れたかのようではないか。
「心配はいらぬよ」
ずっと後になって、王配殿下は笑って言った。
「一番の強硬派が実はキャンベル殿だったのだよ」
それは、その出来事から何年もたった後の、新しいゼノア城の落成式の時だった。
「だから、あの時、貴公の城で宴会はおこなわれたのだよ」
キャンベル殿は理解するのに時間がかかった。
「キャンベル殿の城に着くまでの間に、知っての通り、反対派の領主たちは全員処刑されて領地は没収された。
見せしめだ。
キャンベル殿は返事をよこさなかったから、本来殺されて領地は没収されるはずだった。
でも、キャンベル殿は、ゼノア王国の良心と呼ばれるほど尊敬されている貴族だった。
彼が最後の砦だった。
彼はどうするか?
皆が注目していた。だから、我々は貴公の城を選んだ。
キャンベル殿は、領民の安寧を考えてリーア陛下を選んだ。賢明な判断だ。自城を解放して、素晴らしく豪華な宴席を設け、陛下を丁重にもてなした。内戦は終わり、新たな世の中が始まったのだ」
キャンベル殿は言葉を失い、今や少年の顔ではなくなった王配殿下の顔を見つめた。
あの時、ほかにどうすればよかったというのだ。
自分には、選択の余地がなかった。宴席が豪華だったのも、自分のせいではない。
だが、よく考えれば、リーア陛下を選んだのは本当のことで、自分自身だってわかっていたことだった。
その日はゼノアの城の落成式だった。
華やかなファンファーレが響き渡り、豪華な礼服に身を包んだ列席者が次から次へと新しいゼノア城の大広間に入っていった。
ゼノアの貴族もいれば、はるばるマノカイから招かれた者もいた。
あのキャンベル殿の城での王位継承宣言の後、それほど年数は立っていなかったのに、ゼノア貴族もなじんだというか、マノカイの城で役職を争ったり、事業に参加するのが当たり前になっていた。
例えば、キャンベル殿は廉直と忠義の人で大いに取り立てられ、新領地は広大なものとなった。元のリップヘン殿の領地は彼に与えられたのだった。
そして、そのリップヘン殿の行方は誰も知らなかった。王配殿下以外は……
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