第108話 威厳と美貌が役に立つ場合もある
出立の前、リグ殿の軍がきちんと整列しているところへ、ユーグ公は乗り込んでいって、余計な演説をぶちかまして帰ってきた。
「遠慮はいらぬ。あんな失礼な手紙は見たこともないわ」
ユーグ公の演説はいつも通り、話があちこち飛んでほとんど意味不明だったが、最後にセレイ姫の手紙の写しを震える手で取りだして、兵士どもに読み聞かせた。
これは全員に大変よく伝わった。
リグ殿は、そのおかげで大迷惑した。
「おかげで、兵士が活躍しすぎて困りました。ウマに無理をさせないようにあれほど言ったのに、全速力で駆けたがるし、城は後で使えるように無茶はするなと言ったのに、ボロボロです。まあ、あんなに小さくて狭い城館だとは思っていませんでしたが」
リグ殿は、とても残念そうに報告してきた。
「それに兵も人数はそこそこいましたが、全く統制がとれておらず、武器も不足しているようで、気の毒なくらいでした。訓練もろくすっぽ受けていないようで」
「それで?」
軍隊の帰りがあまりにも早いので、王配殿下はかえって心配になったようだった。
「私だって、手加減するなとは言いましたが、草の根分けても見つけ出して、見つけ次第、皆殺しするなんて少々やりすぎじゃないかと。
なにか、税を取り立てに行っていた野盗のような連中もいましたが、そいつらも城に帰ってくるなり殺されてしまいました。セレイ姫とご亭主を守ってやるのに大変手を焼きました」
「殺してしまったりしていないだろうな?」
「もちろんです。どこへとなり、ここから去れと言ってやりました」
「どこへ行ったんだろうな?」
薄ら笑いを浮かべながら王配殿下は尋ねた。
リグ殿はまじめに答えた。
「わかりませんね。徒歩で逃げていきましたから、たいして遠くへ行けないでしょう」
「ウマもいないのか」
「貸してやるいわれがありませんからね。ウマはこちらで使いますので取り上げました。
城はもう廃墟ですし、兵も召使の一人だって残っちゃいません。
誰かいないと不便なので下男と下女を何人か残し、彼らには逃げるセレイ姫についていっても構わぬと言ったのですがね、誰もついていくと言いませんでした。
街道沿いの領主のうち、例のお知らせの返事が芳しくなかった連中の城は、全部マノカイが接収しています。領主や家族は、ちゃんとした言い訳があった数名を残して、処刑されていますから、助けを求めても誰も応じないでしょう」
「接収した城はどうした」
「それぞれの小隊が管理しています。良い返事をしたおかげで攻め入られなかった領主どもには、すぐに陛下の本体が首都へやってくると伝えています」
「では、参ろうか」
王配殿下はニヤリと笑った。
王配殿下が進軍してくると、街道沿いに領地をもつ領主たちは、内戦のさ中だったができるだけの大歓迎を行った。返事をしなかったり、反論した領主の運命を聞いて知っていたからだった。
ゼノアの首都に着きはしたが、王城はもう破壊しつくされて、住める状態ではなかったので、近くのキャンベル殿の城館に滞在することとなった。
キャンベル殿は何代ものゼノア王に仕えた名門の貴族だった。彼と王配殿下とはおよそ二年ぶりの再会であった。
ゼノアの主だったすべての領主たちも、来れる者は集まってきた。
王配殿下は、上座に場所を占め、傍らにキャンベル殿など主だった高位の貴族たちを立たせたまま座っていた。
キャンベル殿らが小さくなっているのには訳があった。
彼らはセレイ姫の前のキーリン王に最後まで仕えていたが、リップヘンが彼を殺害した時に居合わせていたのにもかかわらず、キーリン王を守らず見捨ててしまっていた。そして、それを知られたくなかったのだ。
「むしろ、忠臣であろう。最後まで付き添って仕えたのだから」
「しかし、王の見殺しは褒めたものではない。他言されたくないはずだ」
キャンベル殿の城は、領主の城としては決して小さくなかったが、うわさを聞きつけて続々と集まるおおぜいの貴族たち領主たちや、彼らにつきそうマノカイの兵などで大広間は満員状態だった。
「セレイ姫はどうされたのじゃ?」
「わかりませぬ。徒にて逃亡されました」
「歩いて?」
「兵もお付きも皆逃げました。誰もついていくと言わぬもので」
彼らはお互いの顔を見合わせた。
それぞれ急ぎで参上したので、かなり緊張して疲れた顔をしていた。
彼らは武装して現れたのだが、家来どもは中に入れてもらえず、また領主も家来も武器は念入りに検査されたうえで、全部取り上げられた。
その時、急に大広間の外がさわがしくなり、大勢の人々が駆け出して行った。広間の窓からは、庭の様子がうかがえ、大きな立派な馬車が、庭に到着したところなのがわかった。
「ああ、陛下だ」
誰かがつぶやいた。
「陛下が来られる」
陛下の顔を初めて見る者は、うわさには聞いていたが、本当に美人なので驚いていた。女王の容貌など、悪く言われるはずがない。どうせ誇張されていると思っていたのである。
彼女は静々とキャンベル殿の城の大広間を歩いて行った。
キャンベル殿はかつてマノカイの城でそうしていたように平身低頭して陛下を迎え入れ、王配殿下以下マノカイの者共も全員立ち上がり陛下を迎えた。女王は静かに向き直り真ん中にしつらえられた椅子に座った。
陛下には威厳と品があった。静かで落ち着いた雰囲気は、王侯とはこうあるべきだったと人々に思い起こさせた。それはラセル陛下の落ち着きと安定感に似ていた。
中央の席に着くと静まり返った人々に向かって、陛下はゼノア王位の継承を宣言した。
ゼノアの人々は一言も発しなかった。
王配殿下は周りを見回した。
誰も何も言わなかった。
貴族たちの背後には、大勢の完全武装したマノカイの兵が整然と控えていた。
彼らは全く無言、服の擦れ合う音さえ立てなかった。完全に統制されていて、不気味だった。王配殿下の手配によるものだった。
リーア女王は立ち上がり、一歩前に出た。
「異存のあるものは申し出よ。」
誰一人として答えなかった。
「キャンベル殿」
リーア女王に名指しで呼ばれたキャンベル殿はびっくりして直立不動になった。
「しばらく城を借ります。異存はないな?」
「は、はい」
「貸さぬというなら、それは構わぬ。他の者の城を借りるだけ」
「いえ……お使いくださいませ……」
キャンベル殿はひざを折り、頭を下げて恭順の意を示した。
「お貸しくださらぬ場合は、この城と領地とキャンベル殿のお命はわたくしが預かりまする」
王配殿下がとても穏やかにこう言った。大きな声ではなかったが、十分に全員に聞こえた。
次に王配殿下は詰めかけたゼノア貴族に向き直り告げた。
「さて、今晩はここで簡単な祝宴を張ろうと思う。今ここにおられる方々、今ここにおられなくても出席したい貴族の者たちは招待申し上げる。知り合いの者たちにも、今晩の祝宴のことは知らせてやるがよい。夕刻、着飾って出席されるがよろしかろう。家族を伴うてもかまわぬ。女王陛下のお目見えを許す。」
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