第107話 次はセレイ姫を潰す
だが、そのにぎやかで明るい行事の間もゼノアからの使いは絶えることなく情報を運んできていた。
王配殿下の小さい書斎では、リグ殿がリップヘンから聞き取って作成したゼノア王殺害に加担した貴族たちのリストを王配殿下に渡していた。
一渡り眺めて、王配殿下は言った。
「結構な大物揃いだな」
「キャンベル殿も含まれています」
「北のほうで飢饉が始まっているといううわさは?」
「流民が出始めている模様です。唯一の救いは、フィンもまた不作で、ゼノアの混乱に付け入って侵略する余裕がない点です。ゼノアの領主たちが持ちこたえてくれれば良いのですが」
誰が次のゼノア王になるのか、誰にもわからなかった。
王位継承権順にいくと、第一位がセレイ姫、次がリーア姫になる。
もちろん、王家の誰かと結婚した大貴族だの、王位を継がなかった王子の家系だのいろいろな候補がいたが、有力候補というわけにはいかなかった。
前のゼノア王の娘のセレイ姫は相変わらず頑張っていたが、どうも彼女を見るとラセル王の息子のキーリン殿を思い出すせいか、人気がなかった。
「要はリーア陛下が、ゼノア王家をお継ぎになればよろしい」
バッソンピエール殿やジャボット殿など、貴族という貴族は、みな内心そう考えていた。
彼らは、事態が動くのを待っていた。
セレイ姫はキーリン王が亡くなるとすぐに戴冠式を行って、ゼノア女王を名乗り誰の領地であるかに関係なく、王が直接農民に課税に関する法を施行した。
これには各領主が仰天した。
王にそんな権限はない。領地内の課税権は領主にあり、それぞれ独立していた。
領主にはなすすべがなかった。
女王の許可証に面と向かって文句は言いにくく、最初はあっけに取られていた農民や領主だったが、追剥のような連中に実力行使で対抗する者がだんだん増えてきた。
そのうち、本物の追剥が偽の許可証を作って、農家から物を持って行ってしまう事件も多発し、だんだん訳が分からなくなってきた。
しかし、マノカイの王配殿下はやけにセレイ姫に感心していた。
「中央集権国家を目指している。斬新だ。」
マーリー殿は疑わしげに王配殿下を見つめた。
「なんですか、それは?」
「素晴らしい。税収の安定と国土の掌握だな。でも、たぶん測量など土地の評価はできてないな。取立人は誰なんだろう」
「北からの流民などに取り立てはさせているそうですよ? 新しくセレイ姫に仕えることになった家来どもですが」
「取立人の中間搾取率が気になる」
マーリー殿は、あきれて王配殿下を見つめた。
「マノカイでは、これはご法度です」
会議の席上で、リグ殿がその報告書を読み上げると、その場にいた全員が暗い顔をした。
「それは野盗どもに略奪のお墨付きを与えただけではないか」
セレイ姫の戴冠は、ゼノア内の貴族たちの同意なく勝手に行ったので、式への参加者も少なく、他国への通知もなかった。
しかし、それではまずいと考えたのか、しばらくして王位継承の通知がマノカイに届いた。しかし、王配殿下は認めかねるという返事を出した。
「そろそろ我々の出番ですかな?」
軍事系の貴族たちは、わくわくした。
民衆も結構嬉しそうだった。
「戦争かも知れないっていうぜ?」
「戦争はいやだよ」
「なに、王配殿下のことだ。あっという間にマノカイが勝つに決まっているよ」
セレイ女王からは案の定、ヒステリックな回答が寄せられた。
リーア女王の身分を自分より下とみなしているらしく、全文臣下に対する書き方で書かれていた。
マノカイの正当な王位継承者は自分の夫であり、リーア女王はマノカイの領土を不法占拠しているので、直ちに攻め込み取り返すつもりだと書いてあった。
「リーアには、すぐに降伏すれば、相応の刑罰と賠償金で許す寛大さが私にはある。さもなくば、マノカイ全土が焦土と化す覚悟をせよ……」
マノカイの者たちはカンカンに怒ったが、そのあとあきれた。
「セレイ姫が、勝てるわけがないじゃないですか」
「マノカイの女王はリーア陛下でございます。セレイ姫の夫とはどこの馬の骨じゃ」
顔を真っ赤にしたジャボット殿が珍しくわめいた。
(ちなみに王配殿下もかなりの馬の骨であった。みんなそのことは忘れていた)
「なぜ、三代も続いて、こうも出来の悪い君主ばかりなのか」
マーリー殿は、公式文書を、なにか汚いものにでも触るかのように、2本の指でつまみ上げて読んでいた。
「まあ、せっかくいただいたので、利用させていただきましょうか」
王配殿下だけは喜んでいた。
「侵攻するとおっしゃっておられる。対応せねばなりますまい。マノカイ領土に攻め入られては大変ですからなあ、各々方」
人々は、王配殿下の顔を見た。満面の笑顔である。人々も思わず笑顔になった。
だが、残念なことに、軍属が期待したようなことにはならなかった。
リグ殿をはじめとした軍隊は、ピカピカに武器を磨き上げ、準備万端に整えて進軍の用意をしていたのに、王配殿下の元からはゼノアの主だった領主に伝令が飛んで行っていて、マノカイに攻め込むというゼノア女王からの宣戦布告を受けたので不本意ながら応戦するという「お知らせ」が届けられていた。
「寝首を掻くとか、夜密かに進軍するとかですね、これは、兵法の初歩でございましょう。卑怯でも何でもありませぬ」
「何のためにお知らせなどしているのですか。これでは相手に準備せよと言っているようなものではありませんか。王に対する宣戦布告ならいざ知らず、いちいち領主どもにお知らせするなど聞いたこともありませんぞ」
王配殿下をいさめる者は多かったが、そのうちに「お知らせ」への返事がどんどん返ってきた。
返事の中身のニュアンスは様々だったが、誰もゼノア女王に相談しなかったのだ。それぞれの領主は、自分自身で判断して返事を書かなくてはならないと思ったわけである。ゼノアは国として、全く統制が取れていなかった。
『自領の通過に関して異議はない。ついては自領内での交戦はお控えくださるようお願い申し上げる。』
「残念ながら、自称ゼノア王から宣戦布告を受けているので、戦闘地域についてはマノカイは関知せず。と、返事を届けよ」
「こっちのは、口頭で使者が『リーア女王陛下のゼノア王位へのご即位を期待申し上げる。できることをお申し付けくだされば喜んで従いたい。』と言ってきております」
「あ、こちらのも同じ趣旨で数名が着ております」
次々と届けられる返事をまとめさせて、王配殿下はフフンと笑った。これで敵味方は、ある程度、判別がついたわけだ。
そしてマノカイ軍は、セレイ姫の本拠地に向けて出発した。
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