第105話 俺が王を殺した

 王配殿下とリグ殿は一言も口を利かなかった。リップヘンの言うことが信じられなかったのだ。


 リップヘンはその二人の顔を見て、何か取り出した。


「証拠だ。キーリンが父王からうけついだ品だ」


 ことんと机の上に置かれた小さな飾りには見覚えがあった。


 ラセル王が愛用していた金の留め金がついた革製の装飾品だった。ベルトに付けて貴重品を入れた袋やカギなどを付けておくためのもので、ゼノアの王宮で何度も見た品だった。見事な紅玉の飾り玉がついていたはずだったが、なくなっていた。


「キーリンが金に困って売ってしまったのだ」


 王配殿下の目線に気付いたリップヘンが答えた。


「あんな男についていく兵はいない。父殺しの犯人だ。俺はゼノア王の軍隊で軍を指揮してセレイ姫側の軍と戦っていた。キーリンはいっぱしの戦略家気取りだったが、馬鹿としか言いようがない。邪魔ばかりするのだ。」


「一体、いつからキーリン殿の軍にいたのだ」


「ラセル王が死んでからだ。キーリンは軍人として才能があると信じていたが、側近が、王自らが軍を率いることはないと進言して、俺が将軍の職に就いたのだ。もっともその側近は翌日に首を切られてしまったが」


「リップヘン殿はエルブフ殿殺害の罪で追われていたのではないのか?」


 一番気になる点を、リグ殿が確認した。これだけは聞かないではいられなかった。


 リップヘンはびっくりしたようだった。


「エルブフの殺害? なんでそんなことが罪になるのだ。ラセル王の依頼でマノカイに刺客を放ったのだ。エルブフは余計なことをしただけだ。俺がゼノアで追われたりするわけがない」


 王配殿下とリグ殿は何も言わなかったが、ラセル王の言葉が全くの嘘だったことを悟った。彼らは完全に騙されたのだ。


「ラセル王は、リーア様のことが心配だったのだ。こんな男と結婚されて不幸にならなければよいがと案じておられた」


 言葉尻に怒ったリグ殿が、なにか言いかけたが、リップヘンは口を挟ませなかった。


「ラセル王は、マノカイの王配は消されるべきと考えていた。マノカイの王配は、必ず、あの尼僧院へ行くから、襲撃のチャンスだと教えてくれたのだ。俺は金に困っていた兵士崩れを雇った。ラセル王から借りた金で武器を調達してあいつらに渡したんだ」


「じゃあ、あの連中が持っていた紙はなんだったんだ? ラセル王の命令じゃなかったのか?」


「似たようなもんだ。あいつらが成功報酬を要求するので、仕方なく、金を百ほど払うと一筆書かされた」


「なんで、リップヘンの署名じゃなくて、ラセル王の署名だったのだ?」


「俺には金がない。領地から上がる金も、使い果たした。不作だったしな。成功すれば、それくらいラセル王が払うだろう。命令されたわけじゃないが、似たようなもんだ。俺が代わりに書いておいた」


 王配殿下とリグ殿は、黙り込んだ。

 偽造になる。いい加減さは、いつものリップヘンだった。


 一部、ラセル王の言い分は正しかった。

 こんな命令書に自分の名前を書くバカはいないだろう。自白しているようなものである。

 ラセル王は、そんなとんまじゃなかったから、半信半疑だったが、自分の命令ではないという王の言葉を信じたのだ。


 ラセル王は、帰国後すぐ、リップヘンは処刑済みという内容の報告書を作ったのだろう。もちろんリップヘンが、ピンピンしているのは承知の上だ。始末の悪いリップヘンなんか、少なくとも紙の上では、死んでいてもらわないと都合が悪かったのだ。


 王配殿下に、彼が尼僧院に行かざるを得ないような話を言って聞かせ、リップヘンという必ず動くに違いない人物に情報を流している。金まで貸している。

 直接には何の命令もしていないので、リスクを取らない、なかなか用心深い計画と言えた。ただし、リップヘンが、ラセル王の名前を勝手に使いさえしなければの話だが。


 王はリップヘンの行動で迷惑しているのは自分の方だと言っていたが、余計な命令書の作成では、確かに迷惑を被っていた。


 とはいえ、ラセル王が襲撃事件の本当の意味での真犯人であることに間違いはなかった。

 

 ラセル王はジェルナン殿の殺害方法を模索したのだろう。軍事力の圧倒的な差を目にした彼は、ゼノアの将来を考えたのだ。できることは刺客を放つことくらいしかなかった。


 リップヘンは青筋を立てて、続きを説明し始めた。エルブフ殿を殺した理由を思い出したのだ。


「リーア姫様を狙うなどとは言語道断、ラセル陛下が許すはずがない。八つ裂きの刑でももったいないくらいだ」


「いったいどんな刑罰になったのだ?」


 少し心配そうにリグ殿が問いただした。


「刑罰なんて。一刀のもとに切り殺しててやったわ。後から、もっと別なやり方があったかもしれないと後悔したが」


(ラセル王の報告もその部分は事実だった)


「キーリン殿を殺したのはどういういきさつだ」


 今度は王配殿下が聞いた。リップヘンは気に入らなさそうに目を光らせて、


「セレイ姫の軍を打ち破ったというのに、満座の会議でやり方がまずい、遅いと叱責するのだ」


 聞き手の二人は黙っていた。


「何年も前のマノカイ軍を破ったときの話を蒸し返すのだ。マノカイがそんなに弱いわけがないではないか。戦略上、手控えただけに違いない。親殺しが何を言うのだ。お前は王の器ではない。そう言ってやった。誰もが思っていたことだ」


 どんな会議の場だったのかわからなかったが、ただではすまなかったに違いなかった。


「親殺しが王位を継ぐなぞあってはならないことだ。国の恥だ」


 言ってはならない一言だったのだろう。


「俺はキーリンに本当のことを教えてやった。だが、あやつはわからんのだ。口から泡を飛ばして切り付けてきた。かっとなって刀を振り回す奴なんか、俺は初めて見た」


 王配殿下は、いろいろ言いたいことが山ほどあったが、ぐっとこらえた。


「分別がないにもほどがある。昔からラセル王に仕えてきた忠実な貴族たちが止めに入ったが、そいつらにも切りかかって、その場がめちゃくちゃになって、これはもうだめだと思った」


 リップヘンは突き放したように言った。王配殿下は聞いた。


「それで殺したのか」


「みんなで殺した。切り付けられたほかの連中もやむなく防戦していたから。俺は胸を一突きしたが、ほかの連中も腕や足を払ったりしていると思う」


「思う?」


「みんないなくなった。死体だけが残っていた」


「そのあとはどうなったのだ、そのあとのゼノアは?」


「そして、いつの話なのだ。その殺害は?」


「もうゼノアにいても仕方がないから帰ってきた。俺の国はマノカイだ。ゼノアじゃない。ゼノアの北のほうは飢饉だと聞いた。一週間かけてここまで来た」


「一週間前の話なんだな?」


「それくらいだ。俺はもはや道がすべてなくなって、そこにいる悪魔の使いに真実を教えに来たのだ」


 そこにいる悪魔の使い?

 王配殿下とリグ殿は、面食らって顔を見合わせた。少なくともリグ殿は全く見当もつかなかった。


「そこのリョウだ。今ではジェルナン・ライカと偽の名前を名乗っている……」


 リグ殿は怪訝そうな顔をしていたが、不快そうに眉根にしわを寄せた。


「失礼であろう、王配殿下に」


 リップヘンはリグ殿を完全に無視した。


「リョウ、俺はラセル殿から聞いたのだ。お前があの時、尼僧院に探しに行った本の中身を」


 王配殿下は静かにリップヘンを見つめた。


「リョウは必ず尼僧院に行く。だからその時を狙え。あの尼僧院に行くのは、自分が東渡りのジグ人だと自白するようなものだ。おそらくバレないようにほんのわずかな側近と出かけるに違いない。単騎かも知れない。絶好のチャンスだと。王配を殺せと」


 王配殿下は黙り、リップヘンはつづけた。


「あの男は幽霊だ。本当の東渡りのジグ人なのだと。生きていない。影の存在だ。本当に予言ができ、時を渡る不死身の存在なのだ。人間ではないお前との間に、子どもは生まれない。お前を殺さないとリーア姫様が不幸になる。いつまでも若いままなのが、その証拠だとラセル王は言った」

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