第104話 驚くべき来訪者

 ゼノアの状況を注視しながら、待つだけというのはなかなか苦痛だった。


 たとえゼノアがマノカイの隙をうかがっては攻め込んでくる憎い敵国だったとしても、刻々と伝えられてくるゼノアの状況は、どう聞いてもあまり気分の良いものではなかったからだ。


 状況は坂道を転げ落ちるように悪くなっていった。


 ラセル王が監禁されている間に、息子の王子が摂政を経て、一時的に王位を継いでいた。

 しかし、この王子は感情的で移り気で、あまり評判は良くなかった。

 それでも後継者は一人だけだったので、分裂することなくゼノアはまとまっていた。


 ところが、ラセル王の監禁期間が長すぎて、ついに戴冠式が行われたのである。

 王子と王子の母の王妃のたっての希望のよるものだった。王子が不人気だったので、前代の王の娘のセレイ姫を担ぎ出す勢力などが出てきてしまったせいもあり、既成事実を作りたかったのだろう。


 ラセル王がゼノアに戻ったのは、戴冠式が済んで一ヶ月ほどが過ぎた頃だった。


 王が二人になってしまった。


 しかし、新王とその母の王妃は、王子が王位を継ぐのは早いか遅いかだけの問題だからとラセル王に隠居を勧めた。


 これにはラセル王も、王子を見限って離れていった貴族たちも猛反対だった。


 ゼノアは、ラセル王と、キーリン新王の二派にわかれて険悪なムードが漂い始めた。


「いっそ、ラセル王を処刑しておけばよかったのに。返したりするから話がややこしくなっている」


 マーリー殿が、ゼノア領内で活躍している商人からの報告書を読んでため息をついた。


「まさか、それを見越して長く監禁してたんじゃあるまいな?」


 王配殿下はそ知らぬふりをしていた。王配殿下が何も答えないので、マーリー殿は話題を変えた。


「今年は不作らしいな。ゼノア北部では。」



 キーリン王(新王)とラセル王の対立は深刻で、小競り合いから本格的な武力衝突へ広がっていった。もはや内戦状態に近かった。新王は妥協をしなかった。彼は自分が軍事に関しては才覚があると信じていたからである。


 以前、マノカイとの国境線での小競り合いの際、政治的配慮から、マノカイはゼノアの王子が率いる軍を適当にあしらって帰したことがあった。


 それ以来、彼は父王のことを、


「意気地なしの腰抜け。マノカイ相手に負けて城を失った」


「自分だったらマノカイ軍に勝利したのに」


と非難していた。



「どう聞いても、これはジェルナン殿、あんたが悪い」


 とユーグ公などは王配殿下を非難した。


「しっかり子供にしつけをせんからじゃ。

 国境線で小競り合いが起きた時、適当にあしらったりせずに、こてんぱんにのしておけば良かったのじゃ。

 訳の分からぬ子供に危ない武器を持たせとるようなものじゃ、今にラセル殿がけがをするぞ」


 せっかく生かしてゼノアに返したラセル王は、息子との戦いで苦戦していた。


「それほどまでに苦労することはないはずだ。確かに正式に王位に就いた時点では、キーリン王がゼノア全軍を率いていたろうが、ラセル殿が帰国すれば、軍の一部は離反してラセル殿につくはずだ」


「キーリン王は最新式の銃で武装しているらしい」


「そんなはずはないぞ? 最新式の銃と言えばマノカイ製だが、簡単に手に入るようなものではない」


「しかし、本当に劣勢らしい。あんな軍事オンチがなぜだろう」


「そのほかにもゼノアには奇っ怪なうわさが流れているそうですよ」


 リグ殿が眉にしわを寄せて言い出した。


「どんなうわさかね?」


「リップヘンは死んでいなかった、といううわさですよ」


「何を馬鹿な」


 ゼノアで様々な流言飛語が飛び交っていても不思議ではなかった。

 マノカイには細かいいきさつまでは伝わってこなかったが、ラセル王が数週間前の戦闘で敗北し、息子のキーリン新王に拘束されたと言う噂が流れた。

 噂によれば、ラセル軍の方が規模は大きかったが、軍備はキーリン新王の方が格段に上で、特に最新式のライフルで装備した部隊にラセル軍は敗北したらしい。


「なにやら、嘘臭い」


「ラセル王が、あのような不出来の息子に負けるはずがない」


「新式の武器など、どうやって手に入れるのだ。マノカイ製しかないではないか。この前のフィンとの戦争の時に、売ってくれとゼノアにさんざん懇願されたが、王配殿下は一丁も売らなかったのだ」

 

 その後、キーリン新王は父王を牢につなぎ、反逆罪で父王を処刑したという話がマノカイにも届いた。

 マノカイの人々は半信半疑だった。いくら何でも父王である。

 だが、しばらくして前王が死去し、キーリン王が王位を継いだことを知らせる正式な通知がゼノアから届いた。


 人々は呆然とした。


 マノカイの貴族たちは、他人の国での出来事と言え愉快ではなかった。

 だが、起きてしまった以上、もはや誰にも何もできない。


 マーリー殿は一瞬だけ、王配殿下の「待っている」といった言葉を思い出した。殿下が待っていたのはこれなのだろうか。


「王子が王位を継いだ場合は、通常祝いの使者を立てているが……」


 王配殿下の執務室に集まった人々に対し、王配殿下が浮かない調子で切り出した。


「今回のこの成り行きに関しては、差し控えたいと思う」


「……もっともである」


 沈黙の後、誰かが同意した。


「ラセル王は賢明で慎重な君主であった。廃され、処刑されるような方ではない」


 何人かがうなずいた。


「正式文書には、反逆罪となっているが……」


「反逆とは……どちらが反逆なのかよくわからぬ。新王の体制がいつまで続くか疑問である」


 うわさでは、ラセル王の前の王の王女セレイ姫が夫とともに王を名乗って叛旗を翻したらしかった。


「ゼノア女王と名乗っておるそうじゃ」


「ご夫君はもう亡くなられたはずではなかったか?」


「再婚じゃ。マノカイの血をも引く人物だそうで、マノカイ王とも名乗っておるそうじゃ」


 これを聞いて、貴族たちはたちまち憤慨した。


「なんだと? リーア様の足元にも及ばぬご器量のくせに」


「いや、ご容貌はどうでもよかろう」


「貴公は知らぬからじゃ。とんだブス姫なのじゃ。リーア様と比べるのも口幅ったいわ」


 誰かが押しとどめて、


「ご夫君のほうはどんな人物か?」


「どんなお方か全くわからぬ。ただし、王配殿下のほうが男前ではなかろうかと……」


「それこそ、本当にどうでもよかろう。殿方のご器量など」


「貴公はセレイ姫を知らぬからじゃ。ご器量の良しあしに大層こだわられるお方なのじゃ。たぶん、それ以外のところに目配りはできていないのではなかろうか」




 

 ある日、リグ殿がかなり焦った様子で、執務室にいた王配殿下を、極秘で呼びに来た。


「とにかく、足をお運びに」


「なんだというのだ」


 王配殿下は、リグ殿の様子に驚いて、一緒について歩きながら問いただした。


「……実はリップヘン殿が捕まりました」


「捕まった? 死体を発見したのか?」


「死体ではございません。生きております。自分で歩いて、自らマノカイに来たのでございます」


 これはさすがに王配殿下も相当驚いた。

 

「斬首刑になったと、ラセル王からの報告書には書いてありましたのに」


「偽者ではあるまいな?」


 リグ殿も信じられない様子だった。二人は王宮内の地下の牢獄に出向いた。

 どんな様子なのか、何のためにマノカイなどへ現れたのか。リップヘンは、兵士たちが厳重に監視する最も奥の牢に閉じ込められていた。


 リップヘンは痩せて、立派だが何年も着古されみすぼらしくなった服を着ていた。


 一瞬、王配殿下は誰だかわからなかった。彼らはお互い見つめあった。そう、この目は間違いなくリップヘンのものだった。


「リップヘン殿、なぜここへ来られた」


 沈黙の後、リグ殿が口を切った。


 リップヘンはゆっくり答えた。


「ラセル王の息子の新王が死んだ」


 王配殿下とリグ殿は、驚きのあまり一瞬黙った。リグ殿が聞き返した。


「なんと申された」


「ゼノアの新王は死んだ」


 二人は沈黙した。


 地下牢は寒く冷たく、宮殿のほかの場所から遠く離れていた。

 何の音もしない。王配殿下とリグ殿、リップヘンの三人は、相手を見つめあっていた。


「なぜ死んだのだ。病死か事故死か、暗殺か?」


「俺が殺した。」

 リップヘンが答えた。

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