第29話 マノカイの王座とリーア姫の結婚はセット(説明)

 眠そうだったラセルが目を見開いた。

「ゼノアも前の王はこの点については賢くなかった。リーア姫が外交のカードであることを認識していなかった。王妃が彼女を疎んで王宮に迎え入れず尼僧院に送ってしまっても文句を言わなかった。今、彼女が隠遁しているあの尼僧院だ。だが、リーア姫は、結局、王宮以外のところにいるべき人物ではない。私が王と王妃を説得して、再度、王宮に迎え入れさせた。」


 あなたが?とリョウは意外だった。

「そう、私だ。できればリーア姫と結婚したかった。当時の若い貴族はみなリーア姫との結婚を考えたに違いない。なにしろ、王位継承権に直結する。それも、ゼノアのみならずマノカイの王座に近いのだ。しかも王がそのことに無関心ときている。チャンスだった。」

 リョウは黙ってラセルを見ていた。

 ラセルはある意味嘘をついている。ラセルも初めてリーアを見た時、リョウと同じようにあまりの美貌に驚いたに違いない。一貫して、彼はリーア姫に好意を抱いてきたのだ。だが、ラセルの恋心と嘘はちっともすがすがしくなかった。現実的で如才ない中年男のラセルの好意は、いかにも俗物に映る。


「こんな貴重なカードはない。今なら、手元に抑えて置けるのだ。リップヘンは手ごわい。いったん、王国を掌握したら、なかなかこんな真似はできない。チャンスなのだ。ようやく私はゼノアの全権を握ることができた。やっと軍の大多数をこの作戦に投入ことができる。」

「チャンスですね。」

 リョウは機械的に繰り返した。前ほどラセルを尊敬できない気がした。

「リーア姫をこの城に迎え入れられたら、陛下が結婚なさるおつもりですか?マノカイとゼノアの併合の日も近いと?」


 ラセルはニッコリ笑った。

「そんなに簡単にはいかない。だがしかし、結婚はするつもりだ。もし、お前の予言どおり、王子が生まれたら、確かに併合が可能になるだろう。仮に、王女だったとしても、子供が生まれさえすればいつか2国は統合されていくだろう。」


 リョウはこの二つの国の歴史を知らなかった。だから、統合されていくことが妥当なのかどうか、よくわからなかった。

「ただ、問題がある。リーア姫は、ゼノアに好感を持っていないのだ。王妃や王女は、亡くなった王子と一緒に、彼女にさんざんいじわるをしていた。王は全くの無関心だったし。姫がゼノアに来たがらないのも無理はない。だから、今度の遠征には、リーア姫を説得できる人物が行かなければならない。」


 リョウは何の反応も示さなかった。

 ラセルは、リョウが何か言うのを待つかのように、しばらく黙っていた。


「お前だ。」

 ラセルは言った。

「お前は、武官で忠実で勇敢だ。死んだと思われている。楽師で男前だ。ゼノアの若い娘たちに人気があったのを知っている。リーア姫について予言をいくつもしている。そのほとんどが当たった。なにか縁があるのだろう。お前をつかわそうと思った。」

「私はそのために生き返ったのでしょうか。」

 リョウはつぶやいた。私はそんなことのために生き返ったのでしょうか。

「なんだと?そう。多分そうなんだろう。いかに王だとて、死んだはずのお前を生き返らすことはできない。だが、お前は生き返ってきた。今晩ここに。だから、きっとそうなんだろう。お前がいたらとつくづく思っていた。」

 ラセルはさらに眠そうだった。

「出立は明後日だ。リンゲルバルトとよく打ち合わせをしておけ。」


 もう深夜のはずだった。リョウは丁重に礼をすると部屋を出た。

 物音もさせずに、さっきの従僕が彼を案内しに現れた。

「秘密のお仕事です。」

 彼は、リョウに小さな皮袋を渡した。その中にはゼノアの金貨が詰め込まれていた。彼は、案内に人を呼んでリンゲルバルトの館までリョウを送らせた。




 翌朝、案の定、リンゲルバルトは手の施しようもない二日酔いだった。

 リョウは仕方ないので、午前中、こっそりと工廠を探りに行った。1年前に彼が丹精込めて作っていた銃やそのほかのいろいろな武器が今どうなっているのか知りたかったのだ。

 だが、中に入れてもらえなかった。

「誰だ。新兵か?」

「いや……。」

 リョウを差し止めた兵はリョウの顔をまじまじと眺めた。

「見たことない面だな。ダメだ、自分の隊にもどれ。」

 リョウはすごすごと城に戻った。


 城ではリンゲルバルトが二日酔いでへたりながら待っていた。

「おう、リョウ、夕べはすまなかった。お前をここに招待するつもりだったんだ。なんだかあの連中と話しをしてると、どうもイライラしてなあ。度を過ごしちまったな。なにしろ偉そうだろう、彼らは。」

「リンゲルバルト殿だって、貴族の生まれでしょう。」

「まあ、連中は格が違う。それに軍人じゃない。どうも気質が違う。」

 リョウにも、その感じは良く分かった。彼らには陰湿な雰囲気があった。

「それで、ラセル陛下はなにかお前に話しをしたのか?」

「なんでもリーア姫様をゼノアの城に迎え入れたいとかで……」

 リンゲルバルトは、そうかと言った。

「私はここに着たばかりで、事情が良く分かっていない。ラセル陛下から作戦の話は一応お聞きしたが、もう少し細かいところまで知っておきたい。ご命令によれば、参加しろということだが……」

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