第30話 (衝撃の)リーア姫の白馬の騎士物語
「俺もお前が参加してくれればと思っていた。なかなか難しい作戦なのだ。まあ、一番の問題は、リーア姫様がゼノアに戻るのはいやだとおっしゃっていることだ。」
リョウは黙った。
「もっともマノカイに戻りたがっているわけでもない。あそこで、あの国境の尼僧院に、あのままいたいとおっしゃっているのだ。」
「姫様の身分を考えると、それはできないということなのですか?」
「身分もだし立場もだな。」
召使の一人が、彼に水を持ってきた。リンゲルバルトは、眉をしかめてそれを飲んだ。
「あの方が今やもっともマノカイの王位継承権に近い。というかマノカイの人々を説得できる血筋の者があの方以外いないのだ。そしてマノカイの国民の多くがリーア姫様に同情している。結婚式のときの姫が美しすぎたのだ。若く美しい王妃が王に死に別れ、その後がもう俗世とかかわりたくないと仰せられて尼僧院だ。まことに模範的な行動だ。国民としては姫を崇め奉りたい気持ちにかられる。そこへラセル陛下などが結婚相手として名乗り出たらどうなる?」
リョウにはよくわからない問題だった。
「ラセル陛下のどこがいけないと?ご立派な王様だと思いますが。」
「ラセル陛下はゼノアの王だ。マノカイの国民にしてみたら、ゼノア王に統治されるような気になるだろう。それに王としては申し分のない方だが、花婿としては年がまずい。姫君は20になってないと思う。ラセル陛下はもう40に近い。それに奥方がいる。」
「それはまずい。重婚ですね。」
リョウにはこの国で重婚がどういう扱いになるのか知らなかった。リョウは口の中でもそもそ言った。
「ラセル陛下の奥方は、非常に都合の悪いお方だ。もともと身分が低すぎる。前の王がラセル陛下を嫌って、わざと格下の悪い嫁と結婚させたのだ。ラセル陛下が王位を継げないように。彼女は今は王妃だが、まことに王妃としてはふさわしくないお方だ。いたるところでトラブルを起こして歩く。」
「だが、正式の妻のはずです。」
いったい、この国で正式の妻という扱いがどうなっているのだか逆に心配になってきた。リョウが今まで収集してきた知識に間違いがなければよいが。
「そうなんだ。」
リンゲルバルトは、少々困った様子だった。
「だからむろん結婚できない。マノカイの貴族も農民もそのことはよく知っている。だが、ラセル陛下はどうしてもリーア様と結婚したいのだ。王族にはよくあることだが、都合が悪くなると、以前の結婚は無効だったと証明してもらったり……。」
「汚い手口だ……」
と言いかけてリョウは慌てて語を継いだ。
「……と、マノカイの連中に思われてはいけないということですね?」
「そうそう、その通り。だから事前に姫にご理解いただいて、ご協力願うのだ。」
ちょっと待て、とリョウは思った。ひどすぎないか。そんなことに同意する女はいないだろう。なんでそんな汚れ役が回ってきたのだ。
「いや、ちょっと私にはそれは自信がありません。」
「俺にはもっと無理だ。」
リンゲルバルトが言った。
「そもそも口が立たないし。その点、お前なら……」
「説得のうまい下手の問題ではない。どうして我々のような、姫君と面識もないような者がそのような任に当たるのです。姫君様と親族に当たるような大貴族がおられるはずです。その方に……」
「だめだ、だめだ。」
リンゲルバルトは首を振った。
「だめなんだ。ゼノアの前王と王妃と子供たちは、リーア様のことをねたんで毛嫌いしていた。王様とうまくやっていこうとしたら、姫に冷たくしないわけにはいかなかったのだ。唯一、お優しかったのがラセル陛下だったと思う。だが、ラセル陛下も表立って姫に優しくすることはできなかったのだ。お前の言う大貴族たちは全部、王家の親戚にもあたるわけだ。姫君に親切にできる立場になかった。」
リョウはここに来て初めて、最初に会った尼僧院で人々が異様に姫に冷たかった理由を正確に理解できた。
「あんなに美しい方を……」
リンゲルバルトはさらにもう一杯水を飲んだ。
「いや、美しい方だからこそ、王妃や王女は憎み、嫌っていた。ラセル陛下は、もともと意に沿わない奥方に我慢を続けてきて、リーア姫はどうやら若い頃からのお気に入りだったらしい。」
「お待ちください。それだと奥方はどうなるんです?」
「いや、俺は知らない。知りたくない。まあ、病気ということでどこかに幽閉されるのかもしれないな。あるいは、病気で死んだことにされるとか。」
「ひどくないですか。」
「いや、それくらいしたくなるような女でもある。なにしろ、この女は本当に人望がない。野放しにしておくと本当にろくでもないことしか仕出かさない。俺が先頭を切って幽閉したいくらいだ。」
「リーア姫の事を聞いたらどうなるんでしょうか?」
「想像したくないな。」
リンゲルバルトはさらに水を飲んだ。
「だが、とにかくリョウ、お前はあした一緒に出掛けるんだ。」
「リンゲルバルト殿、その作戦は無理だと思います。」
「俺だって無理なことはわかっている。だが、リーア姫だって同じ世界に生きている人なんだ。もし彼女が自分のやりたいように生きたいなら、何か方法を考えなきゃなるまい。」
「リーア姫はどうしたいんでしょうね。」
「何も考えていないと思うよ。まだ20にもならない深層の姫君にこんな国家間の問題は無理だろ。せいぜいラセル陛下の言うとおりにした方が賢明でしょうと進言するくらいじゃないかな。夫としてはリップヘンよりましだろう。」
そんなつらい役目はご免だ、とリョウは思った。
「姫君様がお気の毒だ。」
リンゲルバルトはリョウの顔を見た。
「そんなこと言ったって仕方がないよ。俺だってお姫様は気の毒だと思うよ。だけど今のこの情勢では、誰かの嫁になるしかあるまい。説得しなくちゃならないんだ。お姫様が生きていくためにはね。」
「他に方法がないということですか?」
「誰かと結婚しないで済ます方法はないだろうね。誰が考えてもそこは変わらないだろ。問題は誰がそれを説得するかだ。俺はお前が勇敢な武人だってことを知ってるし、ラセル陛下の忠実な部下であることも知っている。だからどんな作戦にせよ一緒に行動するのは歓迎だが、確かに女を説得するのはどうだかなあ。王宮では人気があったし、姫のお付きでマノカイにも付き添ったが……」
「それだけです。姫様はたいして音楽になんか興味なさそうだし、おつきになった期間はわずか2週間程度。私の顔も知らないのじゃないかと思いますね。」
「誰でも同じだ、リョウ。説得なんて土台無理だろう。なにしろ、ゼノアの城にいたころから言われていたことで……まあ、お前は知らないかもしれないが、リーア姫様には心ひそかに思う方がいるそうで、それが原因で結婚を拒んでいると。」
リョウは顔をしかめた。聞いたことがあるような気がするが、その噂は本当だったのか。
「そんな幻の恋人には勝てない。」
「俺だってそう思うよ。なんでも子供の頃に尼僧院の森で一緒に遊んだ恋人らしい。それでその尼僧院を離れたがらないそうだ。なんだか作り話臭くないか?なにしろ尼僧院にいた頃って12、3歳くらいまでのはずだからな。森番の息子だろうか、それにしても姫君に近づけたなんて。」
リョウは絶句した。彼は長い間黙っていたが、リンゲルバルトに尋ねた。
「ラセル陛下はその話をご存知なのですか。」
「もちろん。誰もが知ってる話さ。」
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