第22話 せっかく働く気になったのに
いろいろな思いが胸をかすめた。馬を進めながら、今が危険な状態であることを承知していたが、それよりも不思議な興奮が彼を満たしていた。ラセルは財務官や他の貴族と馬車に乗り、今後を協議しているようだった。リョウはフリッツと馬を並べ、あたりを警戒しながら王宮に近づいた。
フリッツは彼の敬愛する隊長が戻ってきてくれて嬉しそうだった。
リョウもその様子に気づき、リーア姫のために生きてきたそれまでの生活が変わってきていると思った。
遠い異国の地とは言え、知り合いができ友ができ、尊敬に値する主人を得、人生は広がり豊かになっていく。なにより今、彼を満たしているのは、彼が活躍出来ているという事実だった。頼りにされ、信頼されていた。
王宮は静まり返っていたが、すぐに武装した相当数の兵で警護されていることがわかった。
「セトの領主殿に申し上げることがある。」
朗々と響く大声で、リョウが叫んだ。
「フェデル殿はおられぬか。ラセル陛下の使者でござる。」
リョウのウマがリョウの大声に驚いてぐるりと回った。
ラセルと馬車に同乗していたキャンベル殿がリョウの合図で外に出てきた。
しばらくして蒼白になったフェデル殿が、10名ほどの兵に護衛されながら現れた。キャンベル殿とフェデル殿は、反目しあった者同士、敵意のこもった会釈をした。
「セトの領主殿に置かれては、次期国王陛下に王宮をお譲り遊ばすよう。」
キャンベル殿は陰気臭くフェデル殿に告げた。
「何を馬鹿なことを!」
フェデル殿が怒鳴った。
「セトの領主こそが、ゼノアの国王陛下とお決まりになられたというのに。何の権利もないラセル殿が王宮の明け渡しを求めるとは笑止。」
「フェデル殿。」
傍らのリョウが気味悪く言った。
「何の権利もないとは、セトの領主殿のことであろう。お決まりになられたとは誰が申しておるのか?まさかセトの領主ご当人の台詞ではあるまいな?」
「王妃、王女ともが認めておられる。」
「セトの領主の奥方様のご意見でござったか。さて、それでは、不法占拠の領主殿のご家来どの。我々ラセル陛下麾下の貴族一同は、ただ今より王宮の明け渡しに全力を尽くさせていただく。フェデル殿とセトの領主に組する方々におかれては…」
リョウは王宮の中庭にちらりと視線を向けながら続けた。
「昔からの王家の血筋を王陛下とお呼び申し上げるのに遅すぎるということはない。辺境の、ゼノア王家と何の縁もない属州の領主殿を王と呼びたければ、我々と一戦を交えることになる。ゼノア王家の血統をお守り申し上げたい者は、いつでもラセル陛下の下にはせ参じるがよい。」
フェデル殿が複雑な顔をしているのをリョウは見逃さなかった。
「では、失礼仕る。次は戦場にて。」
キャンベル殿がぎごちなく会釈した。
フェデル殿も会釈を返そうとしたが、そのとき、王宮から数名の兵がばらばらと走り寄ってきて、ラセルの馬車に取り付こうとした。
フリッツら数名が駆け寄るより早く、リョウの銃が火を噴いた。一人が倒れた。兵たちは倒れた仲間を捨てて、あわてて王宮に戻った。
「たいした礼儀だな、フェデル殿。」
キャンベル殿が怒りに震える声でフェデル殿を非難した。
「いや、あれは、私の命令ではない。」
フェデル殿があわてて手を振った。
「フェデル殿。」
ラセルが馬車から出てきた。
「セトの領主が王だと言うなら、私は断固反対する。ゼノア王位は、王家の血筋が継ぐべきで、属州の領主が継ぐとは国の恥。貴公はセトの領主をゼノア王と認める気か?」
「いや、それは違いまする。セレイ王女のご夫君として共同統治されることを認めるという意味で。」
「ならばセレイ王女が王位に付けばいいだけのこと。なぜセトの領主殿を持ち出すのだ。」
「いや、それは……」
「では、セトの領主殿は今すぐ王宮を出よ。セレイ王女が即位したいなら、改めて、王女の即位を問題にすればよいだけではないか。なぜ、セトの領主などが王位を求めるのだ。」
ラセルは、王宮の中庭に踏み込んだ。
「陛下、危険でございます。」
リョウとキャンベル殿が止めた。ラセルは二人の手を振り払い、できるだけ大声で言った。
「王宮にいるすべての貴族にラセルより告ぐ。セトの領主殿の即位には反対する。属州の領主がゼノア王位を継ぐなど言語道断。王を継ぐのは、ゼノア王の血を継ぐ者だけだ。本日のセトの領主の即位は、認めない。」
誰も応じるものはなかった。中庭は無人だった。
ラセルは、くるりときびすを返すと馬車に向かってゆっくりと歩き始めた。
「陛下!」
叫び声がして、一人の若者が王宮から飛び出してきた。
「あれは若い方のベーツ伯だ。ベーツ公の長男だ。」
キャンベル殿がささやいた。
「ラセル陛下。あなたについていきます。わたくしは…」
ひゅんと風を切って矢が数本射掛けられた。ベーツ伯は足に矢が刺さりその場に倒れた。
「危険だ。」
リョウはすばやくラセルに近寄り、自分の体でラセルをかばうようにして、ラセルの肩を押して一緒に馬車に向かって走り出した。
「早く、早く。馬車に乗って。」
「うぬう。私に矢を射掛けるとは……。」
「これは戦争です。早く!」
「ベーツ伯を助けろ。」
「フリッツが助けて馬車に乗せます。早く。」
ばらばらと矢が連続して彼ら襲い掛かった。
リョウは威嚇で銃を撃ったが、相手がどこにいるのかわからないので当たるはずがなかった。
銃声に一瞬だけひるんだが、次の瞬間、一斉に矢が放たれ、リョウの背中と首に数本が突き刺さった。
「リ、リョウ!」
ラセルが耳元でわめいた。
「連隊長ォォーーー!」
フリッツの声だった。
「は、早く……。」
リョウは言った。足が言うことをきかなかった。
「行って。ラセル……」
声が出たかどうかはわからなかった。
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