第21話 新ゼノア王は誰に
「明日はゼノア王が亡くなって半年目の行事が行われる。国民の喪は表向き1年だが半年立てば、普通なら次の王の戴冠式が行われるべきなのだ。」
ラセルはため息をついた。
「たまたまマノカイがあの調子なので戦争にはならないが、平時であったなら攻め込まれていたかもわからない。」
「明日は王妃様、王女様、セトの領主様主催の喪明けの儀式が行われる予定でございますね。」
ラセルは沈痛な表情で言った。
「何が起こるかわからない。」
セトの領主の即位が高らかに宣言されたのは、喪明けの公式行事の最後だった。王家の礼拝堂で厳かに執り行われた喪明けの式は、波乱の幕切れとなった。
死者への永遠の別れが告げられ、安らかな眠りを祈念した後、祭司が最後に付け加えた。
「…そしてここに、セトの領主ドロイド殿のゼノア王ご即位を宣言する。」
ラセル殿を始めとして、ほとんどの参列者にとってこの宣言は寝耳に水だった。
静まり返った参列者は、一斉に顔を上げ、呆然として祭司を見つめた。
次の瞬間、ラセルがあたりを聾する大声で抗議した。
「セトの領主、ドロイド殿には、一滴もゼノア王家の血が流れていない。」
「ラセル殿。喪明けの儀式に大声を発するとは、どういうおつもりか。」
「喪明けの式に即位宣言とは、どういうおつもりか。異議を申し立てる。ドロイド殿の統治に関して異議を申し立てている。」
「セレイ王女との共同統治に異議があるのか?」
会場は騒然となり、どうやらこの混乱を予想していたらしく、セトの領主の手のものと思われる兵士たちが礼拝堂の中に侵入してきた。
参列者には女性も多く、兵士たちの殺気立った様子を見て悲鳴を上げる者たちもいた。
「ドロイド殿はただいまからゼノア王となられたのだ。王に対する謀反だ。」
「なにを。ラセル殿こそ先のゼノア王のご兄弟、直系の嗣子であられる。王位を継ぐのにラセル殿以外の方がおられようか。」
「卑怯者!セトの領主、ドロイド殿!」
「黙れ!ドロイド王を卑怯者と言った者は相応の処分を覚悟せよ!」
「ラセル殿、謀反である。覚悟せよ。はばかりながら拘束させていただく。」
武力を頼んで、兵士たちがどんどん入ってくる。どんどんといっても数十名程度だが、参列者の方は女性が半数以上を占め、ラセルも含めて誰一人として武器を携行していなかった。儀礼用の剣も礼拝堂の入り口で取り上げられたのである。
もともとセトの領主は本格的な軍を持たなかった。もとをただせば外国で、ゼノアに恭順の意志を表明して属州扱いとなっていたのだから、武力を待たせるわけにはいかない。警備のために小規模の兵はいたが、その警備兵たちが周りを取り囲んでいたものらしかった。
「おどきください。我々が拘束しなくてはならないのはラセル殿お一人です。」
彼らは、貴族どもを押しのけラセルたちに迫った。
ラセルたちは、礼拝堂の最前列の真ん中に着席していた。
貴族たちは急いでラセルのそばを抜け、群衆の側に混ざろうとしていた。リョウやリンゲルバルト、何人かの貴族たちは唇をかみ締めてラセルの周りを取り囲んで守りの体制をとった。
「ちくしょう、こんなこととわかっていれば…」
リョウの隣のリンゲルバルトがうなった。
セトの領主側、つまり王妃と王女側は、礼拝堂での神聖な儀式に武器の帯同は許されないので、チャンスと見てラセルの拘束をたくらんだのだった。ラセルさえ拘束できれば、対抗する者はもういない。
セトの領主の兵は、じわじわと距離を縮めてきた。抵抗するなら武力で対抗するつもりらしい。
「リンゲルバルト殿。銃ならある。」
リョウはささやいた。リョウはリンゲルバルトに銃を渡した。
「おい、俺は撃てないぞ。」
「当たらなくてもいい。私が撃つ。私が撃ち始めたら、天井に向けて撃ってください。音だけでも威嚇になる。」
彼はラセルの前に回り、一段段を上り、楽師の儀礼用のマントを脱ぎ捨てた。腰のベルトの周りには最新式の銃を数丁吊るしていた。連射ができないので、数を持参したのだ。
「失せろ!」
リョウは精一杯の大声で怒鳴った。
「兵士殿、貴公がもし刃を抜くなら、この場で命を頂戴する。」
ところで、銃の存在はゼノアでもあまり知られていなかった。現物を見たことのある者はほとんどいなかった。
当然、辺境のセトから来た兵士たちは銃など知らなかった。
彼らは、楽師の服装をした男からいきなり命を頂戴するなどと物騒なことを言われてビックリしたが、その男がみたこともない妙な道具を彼らに差し向けているだけとわかると、バカにしてげらげら笑い始めた。
「刀のさびになりたいのか。頭がおかしいのか。ラセル殿も気の毒な男を飼っておいでだ。」
兵士の長と思しきひげを生やした中年の男が笑った。
「さあ、若造、早くそこをどくんだ。でないと白刃をお見舞いするぞ。」
「剣を抜くな。抜けば命をいただく。」
「では、お前を一番に血祭りに上げてやろう。ほかの貴族の皆さんも、命が惜しければラセル殿の逮捕に協力するんですな。」
「抜くな。撃つぞ。」
「なにを大層なことを。」
ヒゲの男は苦笑いすると腰に手をやり、長い剣をすらりと抜き大上段に振りかざした。他の者も彼に追随した。白刃を掲げた数十名は一歩踏み出した。悲鳴が上がり始めた。
「命が惜しくないのか。撃つぞ。」
リョウは両足をがっちりと踏み込むとヒゲの男に狙い定めた。
次の瞬間、銃声が響き、リョウの標的は額を撃ち抜かれて後ろ向きに倒れた。
セトの兵士は立ち止まり隊長の顔を凝視した。血が噴き出し、床にみるみる血の池ができてゆく。
礼拝堂は静まり返った。
「次は誰だ。要らぬ殺生はしたくない。剣をしまえ。」
リョウは大声で怒鳴った。
「ラセル様を拘束しようなどと考える者は、すべて命がないものと思え。」
礼拝堂にリョウの声が響き渡った。
「ち、ちくしょう。どうせあいつ一人だ。」
「そ、そうだ。俺たちの方が数が多い。」
そのときリンゲルバルトの落ち着いた声が響いた。
「私のことも忘れるな。」
彼は、その兵士の額を狙っていた。
兵士は蒼白になった。
「ちくしょー。」
脇の方にいた別の兵が、リンゲルバルトに人々の視線が釘付けになっている隙にラセルの方に向かって動いた。
その途端、リョウの銃が火を噴いた。
その男は面白いように足をもつれさせ、その場にどうと倒れた。
「命が惜しくば出て行け。」
「動けば殺す。剣をしまい、この場から去れ。それができないというなら……」
銃声が響いた。リンゲルバルトが撃ったのだ。一瞬遅れてもう一回銃声が響き、兵士が倒れた。
「リンゲルバルト殿、人に向けて撃っちゃいかん。銃がダメなのがばれる。」
リョウがささやいた。
「すまん。なんか当たるような気がした。」
だがリンゲルバルトの発砲が合図だった。
三人も殺されたのでは、たまらない。しかも得体の知れない必中必殺の謎の武器だ。連射できないことを彼らは知らない。兵士たちは参列者を押しのけ、雪崩をうって礼拝堂から出て行った。女達の悲鳴が響いた。
「覚えておくよ。」
蒼白になったラセルが言った。
「私を守らずに出て行った貴族どものことは。」
この様子に凍り付いていた多くの参列者たちは、慌てふためいて、我先に外へ逃れた。
「リョウ、お前はこのままラセル様を護衛して、城へ戻れ。」
「リンゲルバルト殿、軍をできるだけ早く組織してください。私も元の連隊長に戻る。」
「まかせろ。」
リンゲルバルトは馬を駆った。
ラセル殿は、彼の周りに残った腹心に次々に指示を出していた。
「リョウ、こちらはマレル殿だ。マレル殿にはいそいでヘイツ城を封鎖してもらう。」
「お見事でした、リョウ殿。楽師の格好をしていれば武器が持ち込めたのですなあ。」
「皆様方のご活躍の場を取ってしまって申し訳ございません。警護の連中が銃を知らなかったので、持ち込めたのです。剣は私も持ち込めませんでした。」
「なるほど。」
「リョウ、こちらは財務官のキャンベル殿だ。王宮を押さえたいのだが。」
「とりあえず、軍です。ああ、フリッツがきた。フリッツ!」
リンゲルバルト配下のフリッツが数十名の武装した兵を引き連れてやってきた。
「ご無事で何よりです。」
フリッツは息を切らせていた。
「では、この兵と一緒にいったん王宮に行ってみましょう。王宮がダメならリンゲルバルト殿の兵舎と城があります。忠誠を誓った兵たちです。」
「王宮は、当然、セトの領主が占拠しているだろう。」
「セトのご領主の配下の兵はどれくらいの規模でしょう?」
「はっきりとはわからぬが、子飼いが数十名程度だろう。王妃と王女派の貴族の配下の兵の規模が問題だ。味方か敵か、態度をはっきりさせていない者も多い。」
「陛下、いったん護衛はリョウ殿にお任せして、私の軍を統率してまいります。ヘイツ城を占拠し、街道を封鎖します。」
「頼むぞ、マレル殿。キャンベル殿、ご一緒に。」
「参りましょう。」
「フリッツ、交代も必要だ。兵はあとどれくらい追加が来る?」
「さし当たって三百くらいです。王宮がダメだった場合を考えて、リンゲルバルト殿の城にいくらか残しておかねばならないので。」
「急ごう。」
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