第15話 マノカイ王の葬儀と、王妃奪還計画
ドウゴ王子を初め、責任者のナイ儀官、護衛隊隊長リンゲルバルトなど一行は今回の訪問が単なる弔問ではないので、猛烈に緊張しながらマノカイへの道を歩き始めていた。
ドウゴ王子は、リーア姫と同じ城にいたときは彼女を一段下に見て、妹の姫と一緒に散々馬鹿にして暮らしてきたのが、今となっては事情が急変して下手に出て機嫌を取らなくてはならなくなったのが多少不満らしかった。
王子は軽率で年の割りに幼いような言動が多かったので、実のところ責任者のナイ儀官はひやひやしていた。葬儀会場には、リョウはもちろん、貴族とはいえ護衛として付いてきたリンゲルバルトは大聖堂に入れず、兵士たちと外で待つこととなった。
寒い日で、威儀を正して待つ彼らの上には雨まで降ってきた。
「ちぇ、ついてない。」
リンゲルバルトがつぶやいた。
彼らは大聖堂に入りきれなかったマノカイの貴族たちと同じような場所に参列していた。その後ろには相当な数のマノカイの群集が集まって来ていた。
「数が多すぎるな。」
リョウはリンゲルバルトにささやいた。
「万一、騒ぎになったとき、これだけの数の群集がいるとなると…」
「蹴散らせばいいじゃないか。」
「うまくいけばいいが。」
「なにも今、姫君の帰還を話題にはしないだろう。明日、我々が帰る時が問題なんだ。今日は緊張する必要はない。その時は葬儀の最中じゃないからこんなに人はいないだろう。」
リョウは首を回して群衆を眺めた。
なにか不穏な雰囲気を感じていた。この国はこれからどうなっていくのだろう。跡継ぎの王はまだ決まっていないのだ。高位の貴族たちが話し合いを持つこととなっているのだが、そんなことでおさまるのだろうか。
群集は首を伸ばして、黒塗りの豪華な棺が運び出されていく様子を少しでも見ようとしていた。
真っ黒なベールで幾重にもくるまれた女性たちが徒歩で何人か従っていた。
おそらく最初の女性が王妃、次がリップヘンの母親だろう。後はよくわからない。その後に続くひときわ体格の良い堂々とした人物はリップヘンだろう。
全員が重い喪服を着込んでいた。特に女性は顔が全く見えなかった。
棺は馬車に積み込まれ、人々は用意されていた馬車にそれぞれの席次どおり乗り込んだ。
人々の中には泣き叫ぶ者もいたが、全体的に静かで陰気な雰囲気だった。空は暗く、そぼ降る雨が意気消沈した雰囲気を一層重くした。
「俺たちゃこれで散会だ。あとは今晩だな。」
「夜に簡単な感謝の会があります。ナイ儀官は出席しなくてはなりません。明朝ゼノアに戻ります。」
「ドウゴ王子は野辺送りの馬車に同乗したな?」
「しました。ゼノアの王族ですから。」
「ひとりでか。あの王子のことだ、心配だな。要らないことをしゃべりだしたりしなければ良いが。」
「しかたありません。我々は王族じゃないのですから同乗できません。ナイ儀官だって乗れませんし。しかし、心配ですね。」
そこへ雨に濡れたナイ儀官が足早に帰ってきた。
「いかがでしたか?葬儀の模様は?」
「うむ。リップヘンが目立っていた。彼が取り仕切ろうとしてな。異母弟のサーシャの母親といがみ合っておったわ。とんだ葬式じゃ。予想はしていたが。」
「身分から言えば、サーシャ側はリップヘン殿に勝てないはずだから、口を挟むことも出来ないのでは?」
「ところが、リップヘンの母親が第3勢力に化けおって。」
リンゲルバルトとリョウは怪訝な顔をした。
「息子のリップヘンを推してるんじゃないんですか?」
「そう思うだろう。ところが違うのだ。息子の足を引っ張りまくるのだ。別の愛人を作っておって、そやつがマノカイの王の誰かの血を引くらしい。相手がサーシャなら血筋的にはいい勝負と言った程度の男なのだが、その若造を推しまくるのだ。いやはや、想像もしなかった展開じゃ。」
「リップヘンだって。真実はわかりませんが……」
ナイ儀官はシッと言ったような身振りを見せてから言った。
「血筋の件はとにかく、リップヘンは一人前の立派な軍人だ。実際に軍隊を率いた経験も長い。もはや誰にとっても真実などどうでもいいだろう。大義名分さえ立てばよいのだ。」
「大義名分がもっともしっかりしているのがリーア姫様ですが。」
「そのとおり。議論の余地がない。しかし女性なので、姫様と結婚する男が実質的に王位を継ぐことになってしまう。男のお子が産まれれば王家は磐石になるが。」
彼らはしゃべりながら宿舎に割り当てられた建物に入っていった。ナイ儀官が葬儀の会場で見聞きした話のあれこれを語りながら、ドウゴ王子の帰りを待った。野辺送りには時間が掛かるはずだった。
そこへ早馬で来たという使いがびしょぬれのまま彼らの宿舎に走りこんできた。
3人は驚いて使者を見た。
「どうしたというのじゃ。」
「申し上げます!」
マノカイの者だった。びしょぬれで息を切らせていた。
「ゼノアの方でございますか?ナイ儀官はどちらに?」
「私が儀官のナイじゃ。何かあったのか?」
「ドウゴ王子様が、野辺送りの会場で、王妃陛下にご無礼を働かれまして。」
「なんと?」
「王妃陛下の手を取り、引きずって、会場から連れ出そうとされました。ゼノアにお戻りになるようにとおおせだされまして。」
ナイ儀官もリンゲルバルトもリョウも唖然とした。
「その場にいた貴族や、遠くから見ていた群集どもが、騒ぎ立てて王妃様をお守りせよと押し寄せ、大騒ぎになり……」
「王子はどうされた?」
「取り急ぎ野辺へおいでくださりませ。わからないのでございます。マノカイの者たちは突然のことで王妃様をお守り申す方に回りまして、兵たちも王妃様の護衛に付きました。王妃様はご無事ですが、ドウゴ王子の行方がわからないのでございます。大勢の群集どもが大騒ぎしておりまして。野辺の会場には護衛兵がほとんどおりません。そんな場ではないのですから。手が付けられない状態でございます。」
3人は呆然とした。こんな事態はまったく予想も想像もしていなかった。
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