第14話 楽師再び(ファンレターをもらっても字が読めない)

 シャハイはリョウがまたやってきたのを見てビックリしたようだったが、喜んで彼を迎え入れてくれた。

「もう、帰ってきたのか。リップヘンはラセル様との契約を解消してマノカイに帰っちまったんだが。」

「知ってる。」

 リョウは憂鬱そうに答えた。

「今、ここにはリンゲルバルト様がいてなさる。代わりといっちゃなんだが、どうせお前はどこへ混ざっても一緒だから、置いてもらえ。」

 リンゲルバルトはリップヘンがいなくなった後、いわばその後釜のような形で移って来た隊長だった。

 リョウは本来楽師のはずだが、リンゲルバルトは最近ここへ着たばかりだったので、リョウのことをよく知らなかったらしく、単に武人として彼を入隊させた。

「何が出来る?花嫁のお付きとして付いていったほどの腕だ。」

「わたくしは楽師でございます。」

 リョウは答えた。

「なに?楽師だと?そんなものは要らん。」

「あなた様のためにも歌います。」

 リョウは大真面目に言った。

「いらん。戦闘の役には立たん。」

 あわてたシャハイが割り込んだ。

「殿様、リョウは銃使いでして…。」

「なんだ、それは。まことの武人が使うものではないぞ。それに銃はそもそも扱いが難しく、なかなか当たらぬと聞くぞ。」

「では、リンゲルバルト様、今から向こうの的に弾を当てますゆえ、私の腕をご確認くださいませ。」

 リンゲルバルトは30台くらいのまだ若い武人だったが、銃などという最新の武器は全く信じていない風だった。彼は不審そうにリョウを見た。

「おい、待て。あんな遠い的では届かぬぞ。それに間に人がいるではないか。はずせば、あの者達がケガを……」

「ご心配なく。」

 リョウは簡単に身構えて自慢の銃を撃った。空を突く音が響き、何人かが驚いて振り向いた。

 的の真っ芯をぶち抜いたことは見ればわかった。

 リンゲルバルトは、小さな鉛玉がほぼ真ん中に黒い穴を開けた的を黙って見つめた。

「よし、わかった。覚えて置こう。」

 リョウは物柔らかに礼をした。

「どうぞよろしくお見知りおきを。」

 リンゲルバルトはリョウを改めて眺めた。

「お前は兵卒ではないな。その物腰は。口の利き方も貴族出身だな。どこの出だ。父はなんと言う。」

 リョウは首を振った。




 遠くマノカイから聞こえてくる噂話は、だんだんキナ臭くなっていった。

 マノカイの老王はさらに病状が悪化した模様だった。

「リーア姫には心配は要らん。非常に大事にされている。」

 ラセルはリョウに言った。

「お前の予言が効いたんだ。リーア姫こそがマノカイの命綱だ。マノカイ王が死んだら……」

 ラセルは続けた。

「その時はマノカイは内乱になる。同時にリーア姫の争奪戦が始まる。」

 リョウの体の中で何かがピシンと音を立てた。

「いいか。よく聞け。マノカイ王が死ねば、葬儀が行われる。ゼノアの王は弔意を表するためにドウゴ王子を遣わすだろう。ゼノア王や私が出向くわけには行かないからな。ドウゴ王子は適任だ。リンゲルバルトの軍は、ドウゴ王子を護衛する名目で付いていく。そして帰りに、リーア姫をゼノアに連れ帰れ。」

 リョウは目を丸くした。

「そんなことが出来るでしょうか?」

「リーア姫はゼノアで育ったのだ。ゼノアの王女の娘だ。ゼノアから嫁入りしたのだ。夫が亡くなったのだから実家が迎えに来て当然だ。」

「マノカイの王家は渡さないのでは。」

「そのためのリンゲルバルトだ。いざとなったら武力にものを言わせることになる。お前もついていけ。」

「リンゲルバルト様は……」

「わかっている。知っている。ゼノア王も理解している。準備を整えているのだ。ゼノア王はリーア姫をドウゴ王子の妻にと考えている。」

 別の何かが、もう一度リョウのからだのどこかでピシンと音をさせた。




 マノカイ王の死は意外に早く来た。

 結局リーア姫が王妃の地位についていたのは、3ヶ月に満たなかった。

 その間に、ゼノアの王女セレイ姫はセトの領主と結婚が決まり、式を挙げた。セトの領主は、今はゼノア王国の一領主の扱いだが元々は独立しており、その領地は広大できわめて裕福な貴族であった。

 セレイ姫は喜んでいるという噂だった。亡くなったマノカイの王子は虚弱体質の上だいぶ年下だったのに、セトの領主は25歳の若者でなかなかの男前と評判だった。

 どういうわけかリーア姫にある種の敵愾心を持つらしいセレイ姫は、マノカイ王の死去を聞いてますます喜んだといわれていた。

 そして、マノカイの王の葬儀の日は1月後と決められた。

 リョウはひそかにリンゲルバルトやラセルの許しを得て、工房にこもって出来るだけ高性能の銃と、火薬と弾丸の生産に打ち込んでいた。暇があれば、何人かの兵を相手に銃の特訓に励んでいた。

 兵士の名誉は剣であり、銃は邪道と考えられていたが、遠くから殺傷能力のある飛び道具は実際の戦闘場面では脅威だった。剣の才能のない若い者の中には喜んで銃を学ぶ者もいた。

 夜には相変わらず音楽びいきのゼノア王のために、歌の披露に呼ばれることもあった。

 リョウはひそかにリーア姫のために歌った。

 ドウゴ王子はもう一人前の大人だったが、さえない顔つきの目立たない男で、リョウは内心悪意と軽蔑と嫉妬心を募らせていた。こんな男がリーア姫の再婚相手だと?

 昼間の薄汚れた兵士の服を脱ぎ、豪華な衣装を身にまとい豊かな情感で歌い上げる時、リョウは全く別人に見えた。

 夜の舞台をあかあかと照らす灯火を受けて、彼の容貌の陰影が深まり、摩訶不思議な想像を掻き立てる。深みがあってあざやかな声質は、ホール全体を軽々と覆いつくして、夢の世界に引きずり込む。

 リンゲルバルトやシャハイが皮肉ったように、女中たちや侍女たちはおろか貴族の娘たちからさえ手紙や贈り物が届く有様だった。

 だがリョウは誰にも返事をしなかった。

「昼間の私を見たら、そんな気持ちもぶっ飛びますよ。」

 そもそもリョウは読み書きが出来なかったので、手紙の読みようがなかった。しゃべるのがやっとの男に恋文を読めとか返事を書けとか無理に決まっていた。

「だめだな。今度はその飾らない格好が渋いだのかっこいいとか言い出されるに決まってる。」

 リンゲルバルトがからかった。彼の妻は身分の高い貴族の娘でしかも美人で有名だったが、同時に気位が高くて嫉妬深いとリンゲルバルトは持て余しているようだった。

「それより銃と弾薬をそろえました。これで本格的な戦闘になっても少なくともかなりの期間保つ。」

「多すぎるよ。いったいどれくらい撃ち続けるつもりだ?」

「相手の軍を壊滅させるまで。」

「そんなに撃つ必要はない。壊滅だと?恐ろしいことを言うな。傭兵稼業を終わらせる気か。」

「戦闘はどうなったら勝ったことになるのですか?」

 リョウは近代戦しか知らないので、この時代の戦闘はどれくらいで勝敗を決めているのかわからなかった。

「何を馬鹿なことを。隊長が白旗を掲げたときだ。お前みたいに隊長まで殺しちまったら、白旗を掲げるもんがいなくなっちまうだろ。」

「王や貴族が出てきた時は?」

「絶対に殺すな。」

 リンゲルバルトは力をこめた。

「後で身代金を取るんだ。」

「王対王の場合は?利益がガチで敵対してて、絶対譲れないこともあるでしょう?」

「うん、まあ、そりゃあ、俺たち傭兵には無縁の世界だが…。そういう羽目には陥らないようにするしかないな。殺し合いにはかかわりたくないからな。」

「なるほどねえ。」

 リョウは感心した。

「では、こっちの銃はどうですか?射程が長い。」

「銃なんか、あんまり意味はねえだろ。大体、貴族は使わねえだろ。」

「射程が長いってことは、こちらは隠れ潜んで見えないところから撃つことができる。敵が手出しできないうちにやっつけてしまう。」

 リンゲルバルトは感心しないようだった。

「まあ、有効なことは認めるが……。卑怯だろう、そいつは。やっぱ一対一で名乗りを上げるのが正統派だろう。」

「そうですか。」

 リョウはうなずいた。大体の見当がつけばそれにあわせて戦うだけだ。命が第一の、ある意味手抜きなような合理的なような戦闘方法らしい。

 しかし、戦闘は戦闘である。敵方の運命はとにかく、自分たちは殺されるわけには行かないので、弾薬と銃はバッチリ持参することにした。

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