第13話 王様に嫌われて追い出された話
リョウはリーアの嫁ぎ先の国には1週間しかいなかった。
正確には、いられなかった。彼らは花婿の王に嫌われてまとめて国に帰らされたのだ。
「あの予言には、国中が驚いた。」
「そして大喜びした。」
「だが、王陛下だけは喜ばなかった。自分の死を予言されたのと同じだからね。」
リョウはラセルになんと言ってあやまればいいのかわからなかった。
あれほどリーア姫を守れと言われていたのに、守る余地がまるでなかった。
「大丈夫だ。マノカイの国民はリーア姫を宝物のように大事にするさ。王位継承権はリーア姫に移ったも同然。あんたの予言は恐るべき予言だった。王子誕生だなんて。国民の悲願だよ。」
ゼノアの護衛なんか必要ないといわんばかりだった。
「それより王様のご機嫌を損ねたくないからね。リーア姫は王の希望でもある。王にしたところで、どこぞの知らないウマの骨よりリーア姫に王位は継いでもらいたいだろうさ。でも、自分の死後の話を始めた男は許せない。」
王の目に触れないところへ案内され、リョウは果して自分はこの世界にいて何か意味があるのかと考え始めた。
これまで彼は、姫と話すことさえ出来ない状態だったとしても、姫の話題が語られ噂になりその存在が感じられる環境に常に居た。
ゼノアに帰ってもリーア姫は居ない。そんな王宮に用事はない。
だが、ゼノアに戻らざるを得なかった。ラセルは心配そうにリョウ一行を迎えた。
「申し訳ございませぬ、ラセル様。」
一行の長を勤めた貴族が残念そうにラセルに報告した。
「こやつが要らぬ予言をいたしまして、マノカイ王に嫌われましてございまする。」
事情を知らないラセルは、その貴族の視線の先にいるリョウをきょとんとした様子で眺め、尋ねた。
「何の予言だ、リョウ。」
「お世継ぎの王子様の誕生を予言したのでございます。」
いまいましそうにその貴族が答えた。
「誰もが今のマノカイ王ではなく、リーア姫様の次のご夫君のお子を想像いたしました。確かにリーア様のお子様なら、どのマノカイ人でも喜んで王に迎えるでしょう。ましてや男のお子なら。しかし、マノカイ王はご自分の死を明言されたと受け取られ、ご不興を買ったのでございます。」
「東渡りのジグ人の予言を貶めるのは危険だぞ。」
ラセルは重い口ぶりで、くやしそうな貴族の話を中断した。
「マノカイに残れなかったのは残念だった。別の方法を考えよう。」
夕方遅くなってからラセルのお召しがあって、リョウは人目につかないようにラセルの書斎に行った。
「他の従者たちから予言について聞いたよ。だが、ホントのところはどうなんだ。」
ラセルはリョウに聞いた。
「リップヘンにそう言えと言われたのか?」
この質問は覚悟していた。ラセルは合理的な人物だった。女官たちは東渡りのジグ人の予言を固く、何の疑いもなく信じていたが、ラセルはそうではなかった。
「とんでもございません。いきなり指名されて非常に困りました。」
リョウは平板に答えた。
「なぜあんな予言になったのだ。」
「なぜといわれて…あれしか知らなかったものですから。」
「知らなかった?」
「夢見が出来たのは、リーア様と王子様だけでした。」
「夢見?」
「は、はい。ずっと以前に。」
「それはなんだ?」
「予言でございます。」
ラセルは妙な顔をして、リョウの顔をまじまじと眺めた。
「まさか本気で言っているのではあるまいな?リップヘンに無理やり予言をさせられて、まあ、咄嗟にうまいウソを思いついたものだと感心したが、そうじゃなかったのか。」
なんと言ったらいいのだろう。ラセルの気持ちは、ゼノアの人々よりもリョウのほうが良く理解できる。さっきラセルは高位の貴族に「予言を貶めると危険だ」などといっていたが、あれは単にリョウを守ってくれただけで全く本心ではなかったはずだった。
「あれは本当でございます。」
しかたなくリョウは言った。自分でも信じていない。
「おかしなことにわたくしは時々夢を見るのでございます。リップヘン様から結婚のお祝いに予言をと所望されましたとき、あれしか思いつかなかったのでございます。おめでたい席に悪い予言ではゼノアのもの全員が首を切られても文句を言えません。お世継ぎの誕生は結構なお話ですし、リーア様も王子様が期待できるなら、大事にされますでしょうし…」
「だから、思い付きではないのか?」
「そうともいえるかもしれません。」
「どっちなんだ?」
温厚なラセルがイライラした様子を見せ始めた。リョウは困った。
「お前は何を見たのだ、夢見とか言って。」
リョウは説明を始めた。夢などと言うものは当たるとは限らない。夢をネタに話を作ったようなものなのだ。
「わたくしは、予言などと言うものは信じておりません。私が時々見る夢は当たることもありますし…」
リョウはあることに気づいて口を閉ざした。
「当たらないこともある?」
リョウの見た夢は、少なくともこの国に着てからの夢は、外れたことがなかった。
リョウの沈黙にラセルは何かを察したようだった。
長い沈黙の後に、ラセルは聞いた。
「では、お前はほかに何を見た。」
「ほ、ほかにとおっしゃいますと?」
「その夢の中だ。ほかに誰がいた?何の夢だったのだ?」
「夏の王宮で、侍女がいて、マノカイの紋章付きの産着が公式行事に間に合わないという話しをしていました。」
ラセルはひどく驚いた様子だった。
「なにか?」
「リョウ…」
ラセルは重々しく口を開いた。
「その話は本当だ。お前は未来を見たのだ。」
リョウには意味がわからなかった。
「それは、マノカイの王家の風習なのだ。王家の子供は無事生まれるまで紋章入りの産着を決して作らないのだ。悪魔に誕生を見つかってはならないという昔からの風習を守っている。だから、公式行事に産着はたいてい間に合わない。だが、そんなことをお前が知っているはずがない。」
「そんなことがあるのでしょうか?産着を作らないなんて。おかしな話だと思いましたが。」
「全く知らないようだな。まあ知っているはずがない。」
ラセルはじっと考え込んだ。
「王は誰だったのだ。」
考えた末の質問だった。
「わかりませぬ。夢見に出てきたのは、侍女と王妃様だけでした。王陛下は数日後にどこかからお戻りになる、そのときに公式式典があるような話しをしていただけです。」
リョウは答えた。
王はその状況を何回も根掘り葉掘り尋ねた。
リョウは一生懸命答えたが、話はいつも同じでそれ以上何も出なかった。
結局ラセルはこう言わざるを得なかった。
「まあいい。とりあえず、お前は私の元にいるが良い。」
ラセルの書斎を出て兵士用の小屋に戻る途中、リョウは暗い夜空を振り仰いだ。
リーア姫の手を取ったあの男は誰だったのだろう。
夢の前半をラセルに言わなかったのは言いたくなかったからだった。
それは、彼の心の中で、彼を駆り立てる夢だった。イライラさせる、思い出したくない夢だった。だが、彼はその夢を自分ひとりのものに抱きしめていたかった。
もうひとつ、誰にも言わない夢があった。
最初の夜にみた夢だった。
まきつけられた腕の感触とあたたかな唇の感触。あれは彼のものだった。誰も知らない彼だけの夢。
だが、その直後、銃弾が彼を貫いた。激痛と悲鳴…。
彼は首を振った。予言は思い出すと不幸になる。
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