第12話 この国の真実の希望

「さあ、予言を。」

 彼はリーア姫の方を一瞬見た。

 そうだ。どんな予言でも、決して決して不幸な予言をすることは許されない。それは自分のためにではなく、この姫君のために。

「申し上げます。」

 その声は静まり返った広間に響き渡った。リップヘンの目がぎらついた。彼はいったいどのようなつもりで、何を言い出すかわからぬ自分に予言を強いたのだろうか。


「王子様の誕生を。」

 一瞬の沈黙の後、おおおと言うような声が聞こえた。ホール全体からうなるような沸き立つような響きだった。

 リップヘンが孤高の墓標のように立ち尽くしていた。明らかに予測していた予言とは異なっていたらしい。

 大またで近づいてきた。額に青筋が浮き出ている。いつもの激怒の発作だ。

「ウソではあるまいな。」

 リョウは首を振った。

「まこと王子か?」

 人々もリップヘンと同じことを思ったらしい。つまり、この場を収めるための口からでまかせでないかと。

「お世継ぎの君でございます。」

「誰のお子だ。」

 まこと失礼極まりない質問であった。たった今、マノカイ王と結婚したばかりだというのに。だが、人々の視線の先にあったマノカイの王は干からびて、歩くことさえ怪しげで、いつ命が途切れてしまうかわからない様子だった。


「マノカイの王陛下。」

 リップヘンがぴくりと動いた。

 彼の目が、リョウの目を捉えた。

 リョウはリップヘンの額の青筋がみるみる消えていくのを目の当たりにして、自分がそれまで気がつかなかったあることに気がついた。

 マノカイの王とは誰だ。


「いや、めでたい。」

 リップヘンは大声で呼ばわった。

 彼はくるりときびすを返すと、すたすたと歩いていってマノカイの国王に礼をした。

「王子が生まれる、お世継ぎが生まれる。マノカイは永遠に不滅である。さあ!」

 彼は楽団に合図した。

「さあ、音楽を始めよ!」

 リップヘンの声が喜色にあふれ、リョウは自分の予言がこの国の真実の希望を言い当てたことを悟った。


 今のマノカイの老王のお子ではないだろう。


 リーアは再び結婚するのだ。

 リーアと結婚する者こそ、真実のマノカイの王になる……


 この姫君がすべてのキーになる。


 王宮のホールに集まった人々は、今、ようやく結婚式らしい明るさと賑わいをかもし出し始めていた。

 彼らもまた気がついたのだった。

 マノカイの王家の血筋は、このマノカイの老王だけが引き継いでいるのではなかった。

 本当に王家につながるのかどうか出自が怪しげなリップヘンや、まだ幼すぎる上にあまり評判の良くないリップヘンの異母弟だけではなかった。

 今までずっとゼノアで育てられてきたのでゼノアの王女とばかり思っていたが、リーアは立派なマノカイの王族であった。非の打ち所のない継承権であった。

 だから王に万一のことがあったとしても、まだ若いリーア姫が王位を継げばいいだけなのだ。王妃の地位についていたことは、箔がついてもマイナスにならない。

 老王が亡くなっても、世継ぎが生まれていなくても、マノカイの立派な血筋の若い貴公子と結婚すれば、マノカイの誰もが満足できる共同統治が出来るというものだ。

 

 人々は神の啓示のような予言に浮き立った。

 どこにも女性には王位継承権がないとは書かれていなかったし、王と死に別れた王妃が再婚してはならないという法律もなかった。

「すばらしい王妃だ。」

 大貴族と言った風体の初老の男が言った。

「これでこそ、婚礼じゃ。よくぞこの国に姫君を返していただいたものよ。」

「お子さえ生まれれば、この国は安泰。」

「若く美しい王妃ならば、お子様も大勢期待できる。」

「王子様の出生か。すばらしい。」

「いつのことかわからんが。あの王のお子ではあるまいが。」

「しっ……。聞かれたらいかがされる。だが、父君が誰であっても王妃様のお子ならば、間違いなくマノカイの継承権を持つ。」


 リョウは、演奏は抜け出して物陰に隠れていた。どうせ見つかったらロクなことはない。質問攻めに会うだろうし、顔を覚えられたら厄介だった。

 彼は自分がずっと前に見た光景を思い出した。男らしい、いかにも高位の貴族の青年が姫君に許される場面だった。

 リョウは歯がみした。

「あいつか……。あいつか。」

 彼は花婿の姿まで知っていた。今のマノカイの王ではない男だ。リップヘンかもしれない。いい体格の男だった。思い出したくもなかった。

 人々は、王子生誕の予言にすっかり浮かれた様子で、陽気に踊りだしていた。さっきのダンスとは全く違っていた。


 そのとき、リップヘンが動いた。

 彼は、ひときわ目立つ大柄な彼は、まっすぐ国王の元に出かけていった。

 誰もそれを止めなかった。それどころか道をあけて彼を通した。

 彼こそが東渡りのジグ人から明るい未来の予言を呼び寄せたのだ。

 リップヘンは何を話しているのだろう?

 リョウはいぶかった。

 次の瞬間、リップヘンは王妃の手を押し頂くと堂々とダンスの方へ連れ出したのだった。

 誰もが仰天した。結婚式の祝いの席で、夫ではない別の男が花嫁の手を取るだなんて、信じられなかった。

 王妃は少し足をもつれさせたようだった。それとも嫌がって抵抗したのか、よくわからなかった。

 もう、誰一人、王のことなど見なかった。

 リップヘンの身振りは信じられないくらい丁重で、つい数日前までゼノアの宮廷で誰もが両親のいないこの少女のことをひどく軽く扱っていたことがウソのようだった。

 リップヘンの行動の意味するところは明らかだった。

 今夜、彼は次代の王に立候補したのだ。

 リーア姫の次の花婿として名乗りを上げたのだ。

 リョウも、その場にいたマノカイの人々すべてがそのことに気がついた。

「リップヘンとリーア姫……」

 両者とも、非の打ち所のない高貴な身分で年回りも申し分なかった。人々は、新たな可能性に目を見張る思いで二人を見つめていた。マノカイの王が亡くなったその暁には……。きっとマノカイの歴史の新たな章が始まるのだ。


 夜はまだまだ続くのだろう。

 リョウはこっそり抜け出して自分の宿舎に戻った。こんな光景を見たいわけではなかった。

「未来を知ることは不幸。」

 彼はつぶやいた。

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