第11話 予言

 リョウはただの楽師だったので、宮廷内に入ったのは、ほかの召使同様、自分の役目を果たすためだった。つまり3日間続く婚礼レセプションの場でリュートを引くことになっていた。

 城の広大なホールで催されたレセプションで、リョウは初めてマノカイの王を見た。

「あれは……」

 マノカイの王はすばらしい椅子に腰掛け、その椅子は周りを豪華な布を張った枠のようなもので囲まれた台に載せられて、着飾った屈強な6人の衛兵にちょうど輿のような感じに担がれて現れた。

 肌の色が異常に黒ずんでいて、影のようにやせ細っている。

 リョウは呆然としたが、わき腹をつつかれて正気に戻った。彼はただの楽師だった。どの召使とも同じで、結婚の式典に曲を弾くことで仕えなくてはならなかった。

 毎夜、王家の人々と高位の貴族を集めた宴会が粛々と行われていた。気張っていたが退屈だった。なにしろ王は踊るどころではなく、立って歩くことさえ難しそうで椅子に座っているしかない上、必ず途中で体調を崩して中座したから、当然若い王妃も一緒に退出してしまい、家来どもだけが誰が見るでもない歌やダンスを延々と続けるショーになってしまったからだ。


 だが、最終日のこの日だけは違った。

 いつもと同じように儀式のための退屈なショーが手順を踏んで執り行われていたが、そこへ招かれざる客が堂々と表から侵入したのだ。

 ざわざわと人々がどよめき、華麗な制服に身を包んだ衛兵が何名も止めに入ったようだった。

 衛兵とはいえ彼らもまた貴族だった。だが、止め切れなかった理由は、侵入してきた者が彼らよりさらに高位の者だったからだ。

 人々がざわざわと取り囲む中を、ひとりの大男が威風堂々と現れた。

「リップヘン……!」

 リョウは思わずつぶやいた。

 どの衛兵よりも10センチは背が高く、堂々とした体格の彼は、リョウがそれまで見たこともないくらい豪華な衣装を身にまとっていた。

 ゼノアの城で見た時はいつも着古した軍服でヒゲぼうぼうで汚らしかったのが、見事なくらいの変身だった。


「国王陛下。」

 凍りついた群集を目の前にリップヘンは深く礼をした。

「このめでたい日に祝賀の一言も申し上げられなくては、非礼この上なきことと、参上仕りました。国王陛下のご婚儀を心から寿ことほぎ、臣下の一員として、お祝い申し上げる。」

 沈黙が支配した。

 祝辞には非難の余地がなかったが、元々招ばれていないのである。

 王は震えているように見えた。誰も一言も発しなかった。

「それでは、末席に連なる栄誉をお許しくださるよう。」

 誰もが何も言えない間に、彼は優雅に一礼すると、居並ぶ貴族たちの間に割り込んだ。

 もともと、王の極めて近い親族に当たる男である。母も大貴族の出身だ。どの貴族よりも高位にある。

 リョウには、リップヘンが割り込んだ場所が適当なのかどうかよくわからなかったが、割り込まれた側の貴族はかなり当惑しているようだった。


 そのとき、楽団が音楽を始めた。

 音楽にうながされ、人々は予定されていた第一団が決まった踊りを始めた。表面上プログラムはなんの変更もなく粛々と進められ、リップヘンはおとなしくその模様を眺めていた。


 だが、なんという大男だろう。こうして美々しく着飾ってみると、彼は大変な好男子で堂々としていた。緋色の衣装がことのほかよく似合い、立ち居振る舞いも礼儀正しく非の打ち所がない。よく通る大きな声ではっきり話す。

 リョウは、あきれて彼を見つめ続けた。それで気づくのが遅れたのだが、貴族どもの背後には数名の武装したリップヘンの部下どもが混ざりこんでいた。

「そうか。力づくか。」

 形だけは麗々しくダンスは進み、プログラムによれば音楽がいったん止まり、王は例によって中座する予定だった。

 ところが音楽が止まった途端、リップヘンが大声で話し始めた。

「わが伯父上たる国王陛下のご結婚の儀にここで余興をお目にかけたく存じ上げる。」

 人々はざわざわと反応した。

 彼らは、リップヘン殿の存在を無視しようと努めていた。こんな薮から棒な登場の仕方は承服しかねたので、暗黙のうちに黙殺しようという気持ちが大勢を占めていたのだ。だが、リップヘンは黙殺されるつもりはなかった。

「東渡りのジグ人から占いを申し述べさせようと思う。」

 最初、意味がわからなかった。それは会場の誰もがそうだった。だが、意味がわかると、リョウは全身が凍りつく思いだった。

 自分のほかに東渡りのジグ人が居てくれればいいのだが。そんなはずはなかった。誰かが叫んだ。

「東渡りのジグ人などと……。かような者はここマノカイにはおらぬわ。先々代の王の御世に仕え、数々の予言をなしたとの記録はあるが……。」

 キイキイ声は廷臣の一人だった。たまりかねて大声を出したのだ。リョウも誰も彼も、その場にいた全員がその小柄な貴族とリップヘンを代わる代わる眺め、我を忘れていた。


「おう、リョウ、久しぶりだな。」

 リョウは、背中に人の気配を感じた。ゆっくり振り返ると、顔見知りの傭兵がニタリとリョウを見つめ返した。

「マリガ様に聞いたぜ。お前はホンモノの占い師、本物の東渡りのジグ人なんだってな。リーア様の5歳の誕生日に現れて、今日の結婚を予言したそうじゃないか。」

 人々は驚きと恐怖から二人を見つめた。

 傭兵は、それほど大きな声で話したわけではなかったが、人々が一人また一人と東渡りのジグ人に気づいて振り返り始めた。

 無礼なリップヘンの行いをざわざわと批判していた人々が、一人残らず黙り込んだ。広いホールが水を打ったように静まり返り、すべての人がリップヘンの部下に誘われて楽師席から降りてくるリョウを見つめた。


「陛下、ここな者は東渡りのジグ人、マノカイの王陛下とリーア姫の本日のご婚儀を10年前に予言した者でございます。」


 人々はさらに静まり返り、一斉に痛いくらいの視線をリョウに投げかけた。

 今度の目つきは違っていた。真剣でこわいような視線だった。


「さあ。」

 リョウは凍りついた。余計な一言を言うと、自分は、今ここに集まっている人たちに殺されかねなかった。

 だが、言うべき言葉が見つからない。


「さあ、予言を。」

 彼はリーア姫の方を一瞬見た。

 そうだ。どんな予言でも、決して決して不幸な予言をすることは許されない。それは自分のためにではなく、この姫君のために。


「申し上げます。」

 その声は静まり返った広間に響き渡った。

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