第7話 ゼノア王家(雇い主)

 彼は居場所を見つけ、友を得た。

 服は確かにみすぼらしかったが、彼はどうでもよかった。みんな同じ格好で、目立たないのは大いに結構だった。食べ物と寝る所があって、誰にも束縛されないのはさらに結構だった。


 シャハイを通じて、リョウはようやくこの王家や王家を取り巻く複雑な政治的状況を理解し始めた。

「マノカイと言うのは国の名か?」

 ある日、リョウはたずねた。

「え?もちろんだとも。まさか知らなかったのか?」

 シャハイはリョウをまじまじと眺めた。

「リーア様はマノカイの王家の姫なのか?」

「うん。まあそうだ。同時にラセル様の従妹だな。ちゅうことは王様の従妹でもある。だけど、なんでお前がそんなこと知りたがる?」

「ラセル様って誰だ?」

「ラセル様は、王様の弟だ。俺たちの雇い主様よ。俺っちはラセル様の軍隊に居るんだ。おめえ、知らんかったんか?」

「うん。」

「どっから来たんだ、このもの知らずは。」

 シャハイは大げさに天を仰いで見せた。

「じゃあ、この国の名前はマノカイなのか。」

「なんだと?違う違う。ここはゼノアだ。」

「ゼノア…。」

 リョウはつぶやいた。

「やー、まいったな。お前は本当にどこから来たんだ。まるで東渡りのジグ人みたいだな。もっともジグ人は王宮以外の場所には現れないが。」

 リョウは眉をしかめて質問を変えた。

「戦争はないのか?」

「なんだって?なに?戦争?」

 もう一人が話しに加わった。

「そんなもんがそうそうあってたまるか。」

「そうともよ。死んじまったらどうすんだ。」

 別な一人がげらげら笑い出した。

「でも傭兵なんだろ?」

「よう…なんだって?」

 リョウは説明した。

「あー、そうだけど、戦争なんかしょっちゅうやってるわけじゃない。起こるかもしれないからここにいられるわけだが、今は戦争中じゃないからな。」

 誰も戦争など起こしたくないらしかった。傭兵はただ飯を食らうことしか興味がなさそうだったし、王族も金のかかる戦争なぞ真っ平御免らしかった。

「何か起こりそうなのか?」

「俺らなんかにゃわからん。でも、なんかあるんだろう。ラセル様がリップヘン殿を手元においているってことは。リップヘン殿は傭兵隊長で、いまはラセル様に仕えている。」

 リップヘンとは、この前の晩、酔っ払って現れた大男のことだった。

「ああ、あの……体の大きな……。」

「リップヘン殿は……」

 シャハイは声を一層ひそめた。

「マノカイの王族の出なんだ。それが敵対するゼノアに仕えるだなんて、いわば裏切り者だな。だが強い。」

「ふーん。」

 リョウは言った。


 彼はますます古めかしい旧式の銃をいじくりまわすようになった。みんなは彼を賭博に誘い、酒に誘った。リョウは首を振り、こういった。

「もう一息のところまで来てるんだ、この銃が。」

 兵士たちはあきれて、リョウのことを変わり者と呼んだ。だが、彼は嫌われなかった。



 そんな事件があってしばらくして、例の癇の強そうな女官のマリガがリョウを呼びに来た。

「何の用事ですか?」

 かなりびっくりしてリョウはたずねた。

 ここへ連れてこられてから数週間はたつ。だが何の音沙汰もなかったので、リョウはもしかしたら自分は兵になるために連れてこられたような気がし始めていたのだ。よく考えたら、そんなはずはなかった。

「歌うんですよ、もちろん。」

「あの、なにを?つまり、どんな曲がよろしいですか?誰のために歌ったらいいので?」

 小部屋について、女官は別の女官に口早に何事か言いつけ、女官は急いで服を持ってきた。

「ラセル様のために、ラセル様のお気に入るような曲を弾いて。これを着て。」

 投げつけられるように渡された衣装を大慌てで身にまとい、リュートの調子を直しながら女官について歩いた。

「さあ!」

 リョウは女官の手により開け放たれた部屋の中に押し出された。


 そこは、この世界に来てから見た部屋の中で、もっとも立派で威厳のある部屋だった。


 室内は少し薄暗かったが、二人の男がいるのがわかった。

 一人は大男で、もう一人は黒い髪がふさふさした中肉中背だった。大男の方は、いつかの晩見かけたリップヘンだった。

 背の低い方がラセル様ではないかと踏んで、リョウは背の低い男へ対して深くお辞儀をした。

「ああ、マリガが言っていた楽士だな。疲れたから、静かな曲を弾いてみろ。」

 リョウはもう一度礼をすると、非常に低い音で最近流行の、この前マリガに聞かせた曲を鳴らした。だが、中途でラセル様はもう一人の男と話を始めた。リョウが恐縮して曲をやめると続けろと促された。

「音楽は話の邪魔にならん。小さな音で弾いておけ。では、リップヘン殿、あなたはマノカイでは女性にも継承権があるというのかね?」

 リョウはこっそりとラセルの話し相手を目で伺った。

 帽子を脱いだリップヘンを初めてよく見て、リョウは彼が思っていたのよりずっと若かったのに驚いた。

「ないともあるとも規定がないのです。」

 リップヘンが答えた。

「ですから状況によっては、どのようにも解釈が出来ます。」

 難しそうな話だった。リョウには何のことかさっぱりわからなかった。断片的にわかる話もあったが、たいていは意味がわからなかった。リョウは黙って静かな曲を弾き続けた。

 突然、その部屋に誰かの使いの者が来て、リップヘンとラセルの会談は中断された。ラセルはいたずらを見つかった子供のようにあわてたようだった。

 見たところ、リップヘンはそのお使いの男をよく知っていて、そして大嫌いのようだった。彼は、突然話を打ち切るとラセル殿に軽く会釈して、お使いの貴族には目もくれずにプイと出て行ってしまった。

 これは明らかに礼儀を失した行いじゃないかとリョウは気になったが、案の定、お使いの男はいかにも不愉快そうだった。ラセルは説明した。

「リップヘン殿は音楽が好きでね。私に新しい楽士を紹介しようと連れてきたのさ。ちょうど今、帰るところだったのだ。」

「それはお楽しみのところを失礼した。王が夕食のお相手にラセル殿をとお召しなので参った。」

 使いの男は、明らかに高位の貴族らしくゴテゴテと着飾っていたが、ラセルを軽い非難の目つきで眺めた。

 リョウはリップヘンに連れてこられたわけではなかったが、今の話だとリップヘンと一緒に出て行ったほうが自然と思われたので、丁重にお辞儀をして部屋を出ようとした。

「まて。そこの楽師。」

 使いの貴族が声をかけた。リョウよりもラセルがぎくりとした。

「ラセル殿が聞いてみようかと言うほどの腕前なら、御前で演奏させても差し支えなかろう。ちょうどこれから王がご夕食をラセル殿と召し上がりたいとの仰せだ。参上して一曲ひろうせい。」

 ラセルが不安そうな顔をしたのをその貴族は見逃さなかった。陰湿そうな顔に満足げな様子が浮かんだ。

「ラセル殿がその楽の音を聞きたいばかりに、リップヘンのような者を自室に招きいれるほどの腕前の楽師だ。夕食が楽しみである。王には、ラセル殿が新しい楽師をご紹介申し上げたいと言っておられたと伝えておく。」

 小太りでよい身なりのその貴族は、ニタリと笑い、ホールへ消えていった。


 ラセル殿は不安げな顔をしていた。リョウも不安だった。

 何がなんだかわからない。

 どうやらラセル殿はリップヘンを自室に招いてはいけなかったようだった。そしてリョウは、今度は王の御前で弾かなくてはならないらしい。


「名を何と言う?」

 ラセルが尋ねた。リョウは困った。彼の名前はとても変な名前なのだ。

「リョウと申します。」

 案の定、ラセルは妙な顔をした。

「変わった名だの。どこの国の者なのだ。」

「東から参りました。」

「そうか。」


 幸いなことにラセルはジグ人とは言い出さなかった。

「腕はいいのか?」

 ラセルはかなり心配そうだった。今さっき目の前で演奏したばかりなのに、判断がつかないところを見るとラセルは音楽には興味がないらしい。

「腕は……お聞きいただいた通りでございますが……それより、王様はどんな曲がお好みなのでしょうか?」

「うむ。あまり詳しくないが……。」

 ラセルは困った様子だったが、これにリョウは好感を抱いた。

 ラセルはがっちり型でどちらかといえば色が黒く、貴族と言うより実直な商人と言った感じを受けた。偉そうに高ぶっていないところがリョウの気に入った。リョウはラセルにつき従って、王宮の中を歩いていった。

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