第5話 王宮へやって来た

 リョウは農夫から昨日会った女官だと言う女に王宮の通用門の所で手渡され、彼女に連れられて王宮に入った。

 その日もいい天気だった。

 王宮は白っぽい石造りの、繊細な建物だった。細かな模様や繊細な彫りが施されている。

 門の辺りにたむろしていた衛兵達は、彼の顔をじろじろ見た。だが、リョウはそんなことは全く気にならかった。


 リョウは王宮の美しさに見とれた。

「美しい。」

 干からびた連れの女がようやく微笑んだ。

「美しいでしょう。」

 衛兵達の目の前で、彼は王宮の中へ連れ込まれ、別な女の手に引き渡された。その女は、リョウをこっそりと王宮の奥深くにいざなった。陽光のあふれる外の有様と、石造りの建物の中のしんと冷えた静けさは、鋭い対照を成していた。奥に進むに連れ、リョウは不安になった。そこは彼のような男が入り込むべきエリアではなかった。誰か、誰だか知らないが、明らかに身分の高い者達専用の区画であった。


 女はその様子を察知したようだった。

「ここへきたことを他言はならぬ。これからある人のところへ連れて行く。その方の運命を占え。高貴のお方なので、その方から見えないところで占うのだ。」

「占い?」

 リョウは驚いてその女の顔を見た。農家では誰もジグ人の話はしていなかった。楽師として呼ばれたはずだった。

「東渡りのジグ人の占いは王家の秘密だ。あのような百姓どもはジグ人の存在など聞いたこともないだろう。」

 女は言った。

「わ、わたしをジグ人だと?」

 リョウは問い返し、女はためらった。

「ジグ人だからこそ連れてきた。歌がうまいからなどではないわ。

 昔、姫様は夏の王宮でジグ人に占われた。その占いを聞いた老女は呪いを受けて、占いの内容を他言しないまま死んだ。どんな内容だったのか、わからぬままだ。その中身を知りたいのだ。」

「占いを聞いたばかりに死んだと?」

「そうだ。だが、どうしても占いの内容を知りたい。」

 リョウはなんと答えたらいいのかわからなかった。ジグ人って何なんだ。

「なぜ占いの中身を知りたがる?占いは予言だ。未来を知った者は不幸になる。」

 リョウは言ってみた。人けのない王宮の廊下は暗く、女の表情は読めなかったが女がたじろいだ様子なのはわかった。

「お前のしゃべり方は貴族のようだ。百姓はそんな口の利き方はせぬ。私どもの高貴のお方は、5歳のときに東渡りのジグ人から占いを受けた。ジグ人の占い師が占うと言うことは、我らの姫君には何か国の命運を左右するような未来があるという意味なのだ。」

 最後の部分はつぶやくようで、ほとんど聞き取れなかった。

 リョウは何も答えなかった。自分はジグ人でもなければ、未来も知らない。だが、信じきっている人々を説得することはむずかしい。


 女は彼を引き連れて王宮をさらに奥に進んだ。

「ここだ。」

 女はドアを細めに開き、自分が先に部屋の中をこっそりのぞいてから、リョウを手招きした。光がドアの隙間から一筋漏れてきた。

 リーア姫かもしれない。彼と彼女の運命は、どこかで結びついているかのようだった。リョウは胸がどきどきした。


 若い娘が白っぽい高そうなドレスを着て、椅子に腰掛けてぼんやりしていた。退屈そうで、つまらなさそうだった。だが、こちらを向いたとき、リョウはあっと叫びそうになった。

 間違いなくリーアだった。若くてとても細かったが、もう立派な少女だった。子どもではなかった。目元と口元は相変わらずだが、ぐっと大人びて、子どもの頃にはなかった憂いの陰がひそんでいた。

 目があったと思ったが勘違いだったらしい。彼女はため息をつくと別なほうを向いたからだ。同時に、女が彼を思いもよらぬ怪力で廊下側へ引き戻した。

「お前がここにいることを知られてはならないのだ。」

「本当に美しくなられた。」

 リョウはため息をついた。

「なんだと?」

 リョウは我に返った。

「誰と結婚するかって?リーア姫は…。」

「な、なぜ、リーア様と…」

 リョウはきょとんとした。話の内容からリーア姫のことだと言うのはわかっていた。だが、女は悟られないよう名前を口にしないよう苦労してきたらしい。

「最初から、知っている。」

 女はいよいよ蒼白になった。

 リョウはひそかにため息をついた。彼の見た夢は、ただの変な夢だ。ありがたがるなんてどうかしている。

 リョウは女の顔を見た。

「姫はマノカイの王妃になられる。」

 そういいながらリョウは不愉快になった。

 自分の見た夢は正夢になるのだろうか。

「マ、マノカイの?まことに?」

 女の声がうわずった。

 リョウは不機嫌にうなずいた。

 リーア姫が豪華な王宮にいるところを見ると、彼女は本当に王族の一人なのだろう。なぜ、あんな辺鄙な尼僧院などに住んでいたのかわからないが、今は大勢にかしずかれて暮らしているらしい。マノカイと言うのはおそらく国の名前だろうが、リョウはそれがどこにあるのかわからなかった。

「おお、ありがとう。ありがとう。」

 女は有頂天になって、リョウは驚いた。

 結婚式の雰囲気から見ると良縁ではないようだったが、マノカイの王妃になるということは良いことなのだろうか?リョウにはわからなかった。女は迷路のような王宮の通路を難なく通って、なにがしか金子を彼に押し付け、外で待っていた例の干からびた女にリョウを返した。

「内密に。」

 彼はうなずいた。

 干からびた女は不審そうだったが、同じくいくばくかの金子をもらうと黙って彼を兵士達が住む一棟へと案内した。

 その日から、彼は門番の兵たちと暮らすことになった。

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