第4話 農家はクビになりました

 今度はどこかの道に倒れていた。リョウは急いで体を起こして周りを見回した。道端に倒れているだなんて、まるで行き倒れである。あちこち連れまわされて、もういい加減にしてくれと言いたいところだった。

「どうしろっていうんだ。」

 今度の場所はずいぶん田舎な感じだった。よい天気でのどかな田園風景が広がっていた。

 リョウのすぐそばを、荷馬車に乗った農夫のような男が通り過ぎ、ついでにウマの落し物がリョウのそばにどさりと落ちてリョウを飛び上がらせた。

 農夫は笑った。彼は、リョウの様子がおかしいので、わざわざ荷馬車を寄せて見に来たのだ。

 リーアに習ったので少しはわかるが、言葉がまだ不自由だし、抗議もできない。リョウはビックリした様子のまま、失礼な田舎者の農夫を見つめた。

「おい、なに間抜け面を下げてるんだ。」

 リョウは黙っていた。農夫はリョウの顔を見て続けた。

「ほうほう、間抜け面ではないがな。なかなか男前だの、若いの。だが、おまいはここで何してんだ?見たことない面付きだが?」

 なにをしてるんだか、こっちが聞きたいくらいだ。

「言葉が分からんのかな?名前は?」

 俺の名前はなんていうんだろう。リーアの屋敷では「ジグ人」と呼ばれ続けてきた。リーアにはリョウと呼ばせていた。

「リョウ」

「なに?」

 農夫はしかめ面をした。それから名前を聞きなおし、最後に言った。

「おそろしく変な名前だ。」

 農夫は断じた。

「聞いたこともない。名前なのか?どっから来た?」

「知らない。」

「なんだと?」

 仕方がなかった。知らないのだから。農夫は彼を荷馬車に乗せてくれた。そして立て続けに質問し続け、そのほとんどにリョウは答えられなかった。

 そのうちに荷馬車は小さな集落についた。農夫は荷馬車を降りて、この前代未聞の大ニュースを知らせに村人を集め始めた。

 リョウは眉をしかめてその様子を眺めた。ここは田舎なのでさぞかし大ニュースなんだろう。家々から大人や子どもがぞろぞろ出てきて、みんなして彼の顔をじろじろ眺め、遠巻きに彼のことを批評しているらしかった。

 だが、ありがたいことに、この騒ぎのおかげでひとりの親切な農夫が泊めてやろうと言い出した。

 リョウはほっとした。彼の持ち物は、少しばかりの食べ物が入った袋とリュートだけだった。このままだと、尼僧院からもらってきた食べ物が尽きたらそのまま飢え死にと言うことになりかねなかった。彼は礼を言ってその農夫についていった。

 かなり裕福らしい大き目の家で、彼はなんだか納屋みたいな所に案内された。かなり戸惑いながら彼はそこに腰をすえた。

 今度は子供達が寄ってきた。彼の持ち物のうちのリュートに気づくと、いろいろしゃべりだした。リュートは彼が東渡りのジグ人だからとリーアが彼に渡したのである。

 どうしたらいいかわからないので、リョウはためらいながら一曲弾いてみた。

 子どもたちは最初は驚いていたが、美しい調べを聞いて大喜びだった。

 無邪気な子ども達を見て、リョウは姫君を思い出した。

 子どもながらも際立って美しく品のよい様が思い出されて、胸にあふれた。

 ただ、あの姫君が大きくなる頃には、自分はじいさんである。彼は苦笑いをして、次は蒼白になった。尼僧院で鏡を見たときのとても若い少年を思い出したのである。自分は誰なんだ。

 今度は、納屋のドアを開けて大人たちが集まってきた。リュートの音を聞きつけてやってきたらしい。大きな農家だったので手伝いの男や女も大勢住んでいたのだ。彼らはリョウをリュート弾きだと解釈したらしい。一曲所望しているのがわかったので、リュートをかき鳴らし歌ってみた。

 田舎者相手に受けるかどうか心配だったが、シーンとしてしまって、彼らが非常に感動しているのがわかった。

 占い師は無理でも、楽師なら勤まるらしい。しかし、楽師なんかで果たして安心して食べていけるのか、リョウは不安だった。そうかといって、農家が勤まるかと言うと、彼の手を見た農夫が怪訝そうに首を振っていた様子から言ってどうも無理らしかった。彼の手は柔らかで、まめもないし爪もきれいにそろっていた。農家の手をしていなかったのだ。農夫は、この男はいったい何者だろうと言う表情をしていた。 

 結局リョウはここでも非常に居心地の悪い思いをした。なにしろ、彼は農家では何の役にも立たなかったし、あまり向いていないようだった。肩身が狭いなんてものではなかった。

 だが、数日後、鋭い目つきの女が顔をベールで隠してやってきた。

 その女はおそらくその家の親戚なのだろうとリョウは思った。だが、身なりは農家よりずっとよかった。彼が寝泊りしている農家のあるじがへいこらしている様子から見て、相当身分が高いのだろうと思われた。


 リョウはこの女の前で、リュートを弾いた。

「そう。では次は歌ってごらん。」

 リョウは命ぜられるがままリーアの好きだった歌を歌った。女の顔つきが微妙に緩んだ。

 「王宮に連れて行きましょう。」

 彼女たちの言葉の中でリョウにわかったのはたった一言だけだった。そして彼女達はそのまま帰ってしまった。

  王宮?

「王宮ってどんなところなんです?」

 リョウは、翌日世話になっている小太りの農家の親父に聞いてみた。

「なに?俺なんかが知るもんか。王様は年寄りで、腹違いの弟のラセル様が仕切ってるっちゅうこった。」

 それから彼は、鋭い目つきで彼を見た。

「なんでそんなことを聞くんだ?王宮なんざ、てめえにゃあ一生縁がないだろうが。おめえのしゃべり方は、なんだか貴族様みてえだけどよ。」

 リョウはビックリして目を丸くした。おそらく最初に言葉を教えてくれたのがリーア姫だったので、彼女のアクセントや話し方が身についてしまったのだろう。

 それから彼は、じーっとリョウの顔を眺めてから続けた。

「昨日来たのは、ラセル様ご一家付きの宮廷の女官さ。俺っちの女房のおばさんなんだ。頭が切れて、たいしたもんさ。でな、お前さんを宮廷に連れて行こうとしてるんだ。文句はないな?歌とリュートを弾くんだ。わかったな?」

「なぜですか?」

 リョウはたずねた。農夫はしかめ面をした。

「ここではする仕事がないだろう。いつまでもただ飯食いを置いとくわけにゃいかんわい。ゼノアの王様は音楽が大好きでな。よさそうな楽師が居れば城に連れて行くことになっとる。俺は音楽なんざさっぱりわかんねえ。だが、マリガ様がよいとおっしゃるんなら、そうなんだろう。王様方に気に入られたら、連れて言った者の株が上がる。そういうことさ。荷物をまとめとけ。明日、王宮に連れてくから。」

「でも…。」

「でもも、なぜも、禁止だ。もう決まったんだ。さっさとしたくしろ。てめえにゃ、農家は無理だ。」

 リョウは、あわててわずかな荷物をまとめた。

 翌朝、彼は王宮への道を、リュートを小脇に抱えまじめくさって農夫について歩いていた。これが彼のこの世界でのデビューになった。

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