第3話 女官だらけの王宮の庭。リーア姫5歳
開いたドアの向こうは、暗くうっそうとした森の続きのはずだった。
だが違っていた。
明るい光がさんさんと降り注ぐ別世界だった。
そこは花々が乱れ咲き、木陰が涼しげな影を作っている、美しい夏の庭園だった。
目を陽光に射られて、リョウは崩れ倒れた。
若くて姿の良い女たちが、屈託のない様子で何人も居たようだったが、見たことのない男が倒れこんできたので、驚いて騒いでいた。
これはまずい。こんな女ばかりのところに出現すると、余計な誤解を生みそう。
必死で起き上がったとたん、女たちの真ん中に居た幼い女の子と目が合った。
それはリーアだった。またリーアだった。そのリーアは5歳くらいで、彼を驚いて見つめている。
「リーア」
リョウは叫んだ。
彼は毎日、リーアを見ていた。その目の形、口もと、間違いなかった。
幼いリーア姫は、リョウに名前を呼ばれて驚いた様子だった。知らない人間だったからだろう。きっと彼女はまだリョウに会っていないのだ。
「リーア…」
リョウは手を伸ばした。この調子だと、次にリーアに会う時は彼女は赤ん坊かも知れない。彼はどんどん時間を遡っているようだ。
女官たちは、全員がぴたりと黙った。
全部で7,8人くらいもいたろうか、ビックリして周りを取り囲んでいた女たちが、動きを止めてリョウを見つめた。
「なぜ、リーア様を知っている?」
ひそひそとした声がささやき交わしていた。
「あれは…東渡のジグ人…では?」
「リュートを持ってるわ。本物だわ。」
「でも、まだ、少年なのに?そんなことがあるのかしら。」
「リーア様のところに?まさか…」
誰かがささやいた。
「予言だ。」
一瞬で物音は消え、ミツバチのぶんぶん言う音くらいしかしなくなった。
予言が始まるのだ。
人々は固唾をのんでリョウを見つめた。この天から降ってきたかのように現れた男は、リーア姫を見てその名を叫んだ。
いままで話に聞いたことはあっても、東渡りのジグ人を目の当たりにするのは初めてだった。人々の視線はこわいくらいで、リョウを黙って見つめていた。
期待感に押しつぶされそうになったが、リョウは言うべき言葉が見つからなかった。
草の上に座り込んだまま、彼は、女達に取り囲まれてものすごく当惑していた。
どうしたらいいんだ?
代表者なのか、中に一人混ざっていた、もはや老婆といっていい年配の女性が、一歩前に出た。真っ青な顔をしていた。
「予言を承りましょう。」
彼女は、その場にいたほかの女どもを下がらせた。
「悪魔と取引しているかも知れぬ。姫は王族だから大丈夫だが、ほかの者はダメじゃ。のろいをかけられるのは、この老女一人でたくさんじゃ。」
何かどこかで聞いたような話だ。リョウは頭が痛くなってきた。女達は後じさりして距離を置いた。
「さあ。」
老女に促されたが、リョウは予言など知らない。
「よ、予言はない。」
リョウはつかえながら返事した。
「ない?」
女の声のトーンが上がった。
「ないはずはない。ないのなら、姫君の命運が尽きたという意味になる。」
リョウは困りきった。
「東渡りのジグ人が、突然現れた場合は必ず予言があるはず。ない場合は、何もないということは、未来がないということ。それはその王族の死を意味する。」
しらないよ、本当に。それに姫君は元気そうだし、そう簡単には死なないよ!もっと大きくなったときの姫君に会ってるもん。そう、結婚式まで…だが、誰かが言ってたっけ、「まるで葬式のようだ。」と。
女の顔が青くなっていくのを見ながら、リョウは気づいた。大きくなったときの姫君を知っている?では、これが予言なのか?あれが予知夢だとでもいうのか?じゃあ、今のこっちが本当なのか?
リョウの様子を見て、年配の女性は他の若い者たちをさらに遠ざけた。
「ご結婚なさるでしょう。」
リョウは言った。
女は続きを待っていた。
「それだけです。」
「そんなことはないだろう。ご結婚は決まっていることじゃ。セトの領主と婚約しているのだから。」
「セトの領主?」
リョウは怪訝な顔をした。
なんか違ったことを言っていたような気がする。そう、あれはマノカイだった。
「マノカイの王妃」
女が一歩後じさりした。目が丸く大きく見開かれている。リョウのほうが驚いた。なんだ?何か都合の悪い言葉なのか?
「マ、マノカイ…。」
小さい声で復唱すると彼女はへたへたとその場に倒れこんだ。リョウはビックリして彼女を支えようと前に出たが、そのとき、どやどやと大勢の男たちが現れた。彼らは、突然女たちの花園にあらわれた不審者の捕獲に乗り込んできたらしい。
「ここだ!いたぞ!」
「あっ!ハムリー様に何をする!」
誰かに後頭部を殴られて、リョウは気を失った。
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