仮面のしらべ 1

「あら、珍しい。来てくれたのね?」


 そう言って、一応の宴の主役であるはずの少女は微笑んだ。応えて、青年は苦笑した。

 もっとも、二人とも、顔を半分近く仮面で隠されているため、口元でそれと判る程度だが。


「だってお前、来なかったら怒るだろう? それに俺だって、妹の晴れの舞台くらい見守りたいさ」

「そんなこと言って、どうせ、仮面舞踏会でなければ来なかったのでしょう」

「厭に突っかかるなあ」

「私たちを置いて、勝手に出ていったのだもの。この程度のあしらいで済んだことに、感謝してほしいくらいだわ」


 青年、レナードは苦笑して、わかりやすく肩をすくめた。

 実際、どれだけ文句を言われても、どれだけの仕打ちを受けても、仕方がないかも知れないと思う。

 はたから見ればそれは逆で、感謝はされても怒られはしないだろうと思うのだろうが、レナードたちの間では、違う。

 レナードは、多くを保証されていた未来を投げ捨てて、町娘の元へと走った。


「感謝はしているよ。アーロンは跡を継いでくれたし、フェリシア、お前も婚約披露のパーティーに招待してくれた。わざわざ、仮面舞踏会にまでして」

「お礼ならアーロンに言って頂戴。あの子なのよ、お兄様を招待しようと言ったのは」

「…そうか」


 優しくて、臆病だった弟を思い出す。

 レナードが思っていたよりも早くに父は倒れ、家督は、出奔してしまったレナードのせいで唯一の跡継ぎとなったアーロンに譲られた。

 何の後ろ盾もない町娘と暮らし、商売をするレナードには途切れ途切れにしか届かない噂は、弟の無能ぶりを、愚者ぶりを伝えていた。

 正直、あの弟は耐えきれなかったのだろうかと、疑いもした。

 しかし、レナードをこのパーティーに招待したのがアーロンなら、そんなはずもない。

 ただ招くだけならともかく、わざわざ、レナードの正体が露見しないように、仮面舞踏会を用意したところも含め、あの弟は、したたかになったのだと判る。


「…なあ。怒ったか、アーロンは」


 恨んでいるか、と言いかけて、まだしも表現のやわらかい方を選ぶ。

 今度は、フェリシアの方が肩をすくめた。


「大切な大切な姉の婚約発表の場を、わざわざこんなものにしたのよ。お兄様の衣装の手配も全部して。それでも、文句があるというの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどな」

「それなら、ごちゃごちゃ言わないで直接言ってくれないかしら? どうせ、そのあたりで女の子相手に遊んでるわよ」


 そう言って、すっと、フェリシアは細い手を差し出した。


「だけどその前に、一曲くらい踊ってくれるわね?」


 そっと、レナードは手を受けた。

 アーロンが、衣装に手袋も用意してくれたことに感謝する。水を扱う仕事をこなすレナードの手は、昔の、剣の手習いでとは違った風に荒れている。

 恥ずかしくはないが、もしも、ひび割れがフェリシアの手を少しでも傷つけたらと思うと、厭になる。

 このパーティーは、おそらくはレナードのためのものだ。

 貴族と庶民では、滅多に出会うことがない。だからこそ、妹の祝い事に呼んでくれたのだろう。

 だが同時に、過去の栄光を思い出させようとしているなら、それはそれで成功だろうと、穿うがった考えに軽く自己嫌悪する。

 しかし、あんなにも信頼してくれた弟と妹を、何もげずに放り出したのは自分なのだ。


「喜んで。――でも、婚約者はかないのか?」

「だって、あの人は知っているもの」


 そこで、二人は踊る仮面の群の中に混ざっていった。

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