花々のしらべ 2

「アーロン、入るわよ」

「ああ、姉上。わざわざ来て下さって、ありがとうございます」

「起きなくていいわ」


 姉のフェリシアは部屋に入ると、寝台で横になるアーロンに近付いて、額にそっと手を置いた。


「熱は下がったのね。今、兄様がメロンを持ってきてくれるわ。元気があるようなら、少し食べなさい。あなた、食事を摂っていないのでしょう?」

「はい…ありがとうございます」

「まったく、崩れかけの建物で二日も寝てるなんて、何やってるのよ。心配したんだから」   

「…はい」


 ついでのように、さらりと言われた言葉に胸が熱くなる。

 アーロンには兄がおり、跡を継ぐのは兄とされている。だから、アーロンのことを心底心配してくれる者は、少ない。だからこそ、姉の言葉が心に沁みた。

 この人がいい加減なことを言わないのは、知っている。


「おおい、開けてくれ」

「やっと来たわね」


 アーロンにくすりと笑いかけて、フェリシアは声の主、兄のレナードのために扉を開けた。

 健康的にけた兄は、左肩と左手で大きなメロンを抱え、右手には花の鉢を持っていた。


「ありがと、両手ふさががってたんだ。アーロン、土産みやげ持ってきたぞ」


 礼も言えずに、アーロンは、兄の右手の花に視線を奪われていた。

 それは、あの、建物の回りにぐるりと咲いていた花。そんなものは咲いていないと、言われた、花。 

 二人の兄妹は、食い入るように花を見るアーロンに、いぶかしげな視線を向けた。


「この花が、どうかしたか?」


 とりあえずメロンと鉢を床に下ろし、鉢だけを、改めてアーロンの前に持ち上げて見せる。

 どうって――と、アーロンは自分が見聞きしたことを語った。

 それまでは、夢を見ていたのだと言われるのがいやで、誰にも話さずにいたものだ。


「そう言えばあそこは、代々、マジョの疑いを持たれた人たちが閉じ込められていたのではなかったかしら? よそに知られるとキケンだからと、身内でショリするために。だけど、どうしてブルークラウン?」


 ブルークラウン。

 それが花の名だと知って、アーロンはまばたきをした。そんな名をしているのかと、何故か意外に思った。

 するとレナードは、ふうん、成る程ねえと、呟いて鉢を下ろした。邪魔にならないように、部屋の隅に置く。


「なる程って?」

「古い呼び方をするからわかりにくいんだろう。最近じゃあ、もっぱらパッションフラワーって呼んでるんだぞ。ブルークラウンなんて、随分と昔の呼び名だ」

「…だから?」


 ほぼ同時に、アーロンとフェリシアが訊くと、わからないか、と、レナードは呟いた。


「建物を、ぐるりと取り囲んでいたんだろう? この花は、黒魔術になんて手を染めていない、女たちを閉じ込めていたんだろう。見当はずれの信仰心でな。それを、アーロンが掘り出して断ち切ったと、まあ、そういうことになるんじゃないかなあ」

「僕が…?」

「何よ、それ?」

「誰かがわざと、嫌みったらしく神をたたえるこの花をえたのか、とむらいのつもりだったのかは知らないけど、そうなったんだろう。とりあえず、お前がつかんでたっていうから気になるかと持ってきたんだが…厭なら、持っていこうか?」


 明るいのに、気遣うような調子の兄の声に、アーロンは慌てて首を振った。

 魔女と決めつけられて死んだ女たちと、裁く側に立った神を示す花と、それに心はざわめくけれど、見ていたかった。


「何にせよ、いいことをしたな」


 アーロンをどう思ったのかは判らないが、そう言って、レナードが笑いかけてくれたことが嬉しくて、あの女の人たちはもう暗い顔をしていないだろうかと思って、アーロンは、泣きそうになってしまった。

 ここにいてもいいのだと、そう言ってもらえるようで嬉しかった。


「…ねえ。ところでそのメロン、丸ごとだけどどうやって食べるの?」

「あ」

「もう。いいわ、切らせてくる」

「うん。ありがと」

「いいわよ。アーロン、少し待っててね」

「あ。はい」


 そうして、二人はフェリシアの背中を見送った。レナードが、失敗したなあと、照れ臭そうに苦笑いしている。

 少しして、レナードは、アーロンの頭を軽くでた。


「なあ、アーロン。公爵なんて奴の息子でいたら、いろんなみにくいところを見てつらくて、それで怖がるのかも知れないけどな。自分のために動いてもいいんだぞ?」


 知られているのだと、そう思って、アーロンは先程とは違った感情で、また泣きそうになった。しかし、兄はやはり優しくて。

 悩み戸惑うアーロンの視線の先には、青く花を咲かせる、ブルークラウン――パッションフラワーがあった。

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