第6話 夜襲 ―― 夜明け前
どこからともなく現れた騎兵の集団が、瞬く間に野営地を騒然とさせた。
馬蹄が響き、大地が震え、篝火が倒される。
炎は一瞬のうちに周囲の草へとその触手を伸ばし、辺りは一気に熱気と煙に包まれる。
「敵襲!!敵襲!!」
見張りの兵士が遅過ぎた叫び声を上げ、貴重な夜の眠りを妨げられた兵士たちが、慌ただしく自分の武器を取る。
しかしながら、彼らが完全な戦闘態勢に入るには、もはや遅きに失していた。
騎兵の集団は、既に殺戮を欲しいままにしていたのである。
或る者は剣で切り裂かれ、或る者は槍で突き刺され、また或る者は矢で射殺された。
草が燃え上がる臭いに混じり、鮮血の臭いが周辺の空気を満たしていく。
栗毛の馬を駆る騎兵は、逃げ惑う敵兵と遭遇した。
その敵兵は、明らかに自分のほうが不利なのにもかかわらず、戦う意思を示した。
剣を構えると、言葉にならない叫び声を上げ、騎兵へ向かって突進する。
騎兵も構え、その決死の攻撃を迎え撃った。
一合、二合、三合――と、剣が交えられる。
月光をかき消す程の炎が周囲で燃え上がる中で、剣閃が異様な煌めきを発し、戦う二人を緊張の極へと誘う。
――やがて、騎兵は鎧の中の体にひやりとしたものを感じ始めた。
自分の技量が、決して相手を上回らないと悟らざるを得なかったのである。
相手は追い詰められてはいるが、弱兵というわけではなく、一撃一撃、確実に自分の剣に応えるからだ。
だが、騎兵は馬首を返して、その場から逃げ出すようなことはしたくなかった。
敵前逃亡などしたくなかったし、彼らがこの日夜襲を仕掛けた主な目的は、一人でも多くの敵兵を殺し、敵軍の士気を削ぐことであったから。
――度重なる剣撃で、手から腕が痺れ始めていた。
しかし、騎兵はその痺れを打ち消すかのように狙いを定め、敵兵の懐へと剣を繰り出した。
それは渾身の一撃と言っても良かったかもしれない。
これで終わりだ、と騎兵は一瞬歓喜した。
だが、その渾身の一撃を、敵兵は驚くべき力で跳ね返した。
騎兵の手から剣が飛び、勢い良く大地に突き刺さる。
自分の手から離れてしまった剣を一瞥した騎兵は、すぐさま、もう一本の剣を鞘から抜き放った。
今度は外さない。
外せない――!!
柄を握る手に力を込める。
もう一度、騎兵が剣を繰り出そうとしたまさにその時――、横から飛んで来た矢が、一瞬にして敵兵の首を貫いた。
豪弓であった。
敵兵は、もはや馬上の人ではなくなっていた。
騎兵は冷静さを保ちつつ、矢の飛んで来た方向を一瞥した。
炎の中を縫って、弓と矢を携えた者が現れる。
――弓兵は、騎兵の仲間であった。
「勝ったな」
「…………ええ、勝ったわ」
絶対的な勝利を確信し、騎兵は暑苦しい兜を脱いだ。
兜の中から、長く茶色い艶やかな髪がこぼれる。
うら若い女性であった。
陶器のように滑らかな白い肌の上を、汗が流れ落ちる。
その汗が暑さによる汗なのか、それとも冷や汗なのか、彼女自身にも分らなかった。
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