第4話 【ディーナ】

 彼――ピアーズは、近くを通りかかった給仕に一杯の麦酒を注文した。

 程無く麦酒が運ばれて来て、彼はその液体を豪快に胃へ流し込んだ。

 既に葡萄酒も飲んでいるというのに、酔う気配は全くない。

 彼は麦酒を飲み終わると、陶器製のジョッキをドンとテーブルに置いた。

 「……なあ、夜襲が上手くいったんで、上の奴らは狂喜乱舞してる。敵さんが撤退し、もう攻めて来ねえと思ってる。だが、そんなに上手く事が運ぶと思うか?奴らが大人しく国へ帰ってくれると思うか?」

 ピアーズはテーブルに肘をつき、私のほうに僅かに顔を近づけ、聞こえるか聞こえないかというくらいの小声で言った。

 私はその言葉に顔を上げ、木製のスプーンをスープの中に置いた。

 「きっとまた攻めて来るわ。それも、死兵と化して。国の威信がかかっているのよ。彼らはこのケーテコットの街を落とすまで、決して諦めない」

 私も声をひそめ、彼の漆黒の瞳を見つめた。

 「ま、そうだろうな。お偉いさん方は阿呆ばかりだぜ。そんな事は少し頭を回せば誰だって分かるのによ。……だが、そういう連中の中で我らが総司令官殿は唯一まともだ。なんとか策を練ってくれれば良いがな」

 「ハーベックは分かっている。分かっている……と思う。彼は良識ある人だから」

 私は、馬鹿ばかりの中で孤軍奮闘する総司令官の姿を思い浮かべた。

 私が信頼する数少ない人々の一人である。

 「……大体、あの川を渡るのはそんなに難しくないのよ。急流ってわけでもないし、ただ浅くて川幅が広過ぎるだけ。彼らは近いうちにまた来るわ」

 「総力戦なんて言われたら、俺はもうトンズラするぜ。そこまでやってられっかよ」

 ピアーズは肩をすくめ、また麦酒を給仕に注文した。

 一体どれほど飲むのだろう、と私は少し心配になる。

 「情けない男。トンズラって言ったって、逃げ場所なんてもう無いに等しいのよ。国に帰ると言うの?」

 「帰らねえし、ビビってるわけじゃねえよ。面倒くせえ事はしたくねえだけ」

 「呆れるわね」

 私は頭を振り、再びスプーンを手に取って、スープをかき混ぜた。

 まだ飲み終われないので、溜息が出そうになる。

 注文しないほうが良かったのかもしれない、と後悔し始めた。

 そんな私をよそに、ピアーズは今度は葡萄酒を行儀悪くラッパ飲みしている。

 味わっている様子は無く、グビグビと喉を鳴らしながら飲んでいる。

 ――しかし、彼は何気なく窓のほうを見た途端、体を硬直させ、葡萄酒の瓶を乱暴にテーブルに置いた。

 「やべえ、シギだ!」

 慌てて立ち上がり、彼は食堂の裏口の方へ行こうとした。

 「……何をしたの?」

 「話している暇はねえ。またな!」

 眉をひそめた私を見ることもなく、ピアーズはそそくさと食堂の奥へ消えた。

 と同時に、二人の男が表口から入って来た。


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