第2話 【ネミヴィア】

 その日の朝も、私はいつものように客の元へと忙しく料理を運んでいた。

 早朝から営業している店は首都といえども珍しく、沢山の客がやって来る。

 私は毎朝早起きして、その混雑に備えなければならない。

 最初はとても辛かった――こんな仕事、長く続けられそうもない、と。

 でも、今となっては、もう慣れた。

 気持ちに余裕が出てきて、目端が利くようになり、笑顔を振り撒ける程に陽気になった。

 軽快に、まるで燕のようにテーブルの間を動き回る。

 皿を落として割ったり、客の体にぶつかったりすることもない。

 その日も、そんなふうに忙しく働いていた。

 いつもと同じ仕事、いつもと同じ風景。

 でも、店の外はいつもと同じではなかった。

 早朝から、目抜き通りは騒がしかった。

 一体何事だろう?と疑問に思っていると、同僚が教えてくれた。

 兵隊さんたちが敵に勝って、凱旋して来たのよ、と。



 一市民の私には、戦争の事はよく分からない。

 遠い場所での出来事、という感じだ。

 戦時中だとは言われているけれど、少なくともこの街は平和で、市民はいつも通り平穏に暮らしている。

 巨大な帝国の軍隊が近くまでやって来ているという事など、肌で感じることもない。

 だから、同僚の言葉にも「へえ、そうなの」と気のない返事を返しただけだった。

 一市民の私たちには、戦争の事よりも、毎日あくせく働く事のほうが重要なのだ。

 どうせ敵の軍隊なんてここには来ない。

 そんな根拠のない自信というか、高を括った侮りというか、とにかくそういうものが、市民の間には共通の感覚としてあった。

 しかし、次第に店はいつも以上に混雑してきて、その「兵隊さんたちの凱旋」とやらを否が応でも意識せざるを得なくなった。

 市民が勝利を祝い、どんちゃん騒ぎをしたがっているのだ。

 たちまちのうちに、店は夕方のような、酒場の様相を呈した。

 まだ朝だというのに、酒を注文する客が後を絶たない。

 そんなに騒ぐほどの出来事なの?と、私は少し冷めた思いを抱いた。

 皆は熱狂的になり過ぎている、そんなふうに私の目には写る。



 店の出入口の近くの席に麦酒を運んで行った時、ふと一人の女性が扉を開けて入って来たのに気付いた。

 店の客の大半が男性なので、女性――それも、まだうら若い女性――が入って来るのは稀と言って良い。

 宿付きの店とはそういう所だ。

 でも、女性が入って来たのに気付かないほど、店の中の客たちはどんちゃん騒ぎをしている。

 大抵は既に酔っ払っているのだ。

 私は麦酒をテーブルに置くと、急いでその女性の後を追いかけた。

 女性は足早に階段のほうへ歩いて行く。

 彼女が二階の宿を長らく使っている事を知っているので、私は二階へ行ってしまわないうちに、少し早口で声をかけた。

 「朝食を召し上がらないんですか?今朝のスープはとても美味しいですよ」

 私の言葉に、女性は足を止めずに少しだけ振り返った。

 「悪いけど、要らないわ」

 予想以上に冷めた口調だった。

 でも、私はそれに怯まず、笑顔を作った。

 「お部屋にお持ちしましょうか?」

 「要らない」

 素っ気ない言葉を返し、女性は階段を上って、階上へ消えた。

 心からの親切心だったのに、拒絶された事に落胆した。

 でも、私は彼女がそういう人であることを知っている。

 無駄口を叩かないし、感情をあまり表に出さない。

 表情が乏しく、あらゆるものに冷めた視線だけを投げかける。

 彼女は女性だけれど、或る意味では女性ではなかった。

 私たちとは全く異なる世界の女性――。

 彼女は兵士なのだ。



 

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