澎湃
七条麗朱夜
第1話 【ディーナ】
ギラギラとした真夏の太陽が、昨晩の勝利を――或いは私を――祝福しているとは到底思えなかった。
むしろ、その溢れんばかりの強烈な光は、残酷に私の体を突き刺す。
歓喜に満ちた勝利。
しかしそれは、血泥に満ちた、また新たなる戦の始まり。
甲冑や武器といった自分の商売道具から解放されると、あてがわれている宿へと直行した。
足早に階段を上り、二階の自分の部屋に入り、鍵をかける。
簡素なベッドに倒れ込んだ。
心身共に、緊張はまだ解けていなかった。
ベッドに横になっても、安堵の溜息すら出ない。
戦の後は、名状し難い快感に浸って戻って来る時もあった。
だが、今日はそんな快感は皆無だった。
苦々しさだけを感じていた。
目を閉じて、外の世界を遮断し、無心になろうとする。
しかし、いくらそうしようとしても、無駄な努力というもののようだった。
苦々し過ぎて、笑いさえこみ上げてきそうだ。
私はベッドの上に寝転がったまま横を向き、正面の壁を睨み付けるようにして見つめ、しばらくの間その姿勢を保っていた。
そうしていても、快感や興奮といったものは全くこみ上げて来なかった。
ただただ苦々しい――それだけだった。
やがて、緩慢に起き上がった。
思い出したように――実際は忘れてなどいなかったが――、汗ばんだ服を脱いで、宿で働いている女たちが洗ってくれた服に着替える。
服はすっかり清潔になっていた。
丁寧に洗濯してくれたのが、その服の着心地から分かる。
私は洗濯をする必要が無い。
それは私の仕事ではないから。
宿の女たちは、手が荒れてひどいと嘆く。
貴婦人のように綺麗な手でいたいのに、と言う。
だが、私にはそれがない代わりに肉刺(まめ)ができ、男たちのようにごつごつした手になっていく。
女性の手から程遠くなる。
自分で選んだ事だ。
今更おしとやかな女性になれるとは思っていない。
手が綺麗ではなくたって、構わない。
こんなふうになる事は、最初から分かっていた。
私が洗濯女たちの苦労が分からないように、彼女たちもまた、私の苦労は分からないだろう。
私は女性という枠からは既に外れてしまったが、それについては全く後悔していない。
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