景品係、現る

部屋に戻って気づいたのは、ベッドの上に替えの患者服とベッドサイドのテーブルに2リットルのペットボトル入りのスポーツドリンクが置かれていたことだ。

ボトルの封はまだ切れておらず、内容量も容器に対して十分に入っていたから、開栓されていないのだろうことがわかる。

ラベルデザインも普通の店で売られているものと同じで、バーコードも付いている。

手で触れると冷たく、いかにも飲み頃の温度だ。

……これは飲んでも大丈夫だろうか?

ボロボロの服を脱ぎ、患者服を着ながら考える。

「えーと……」

この施設から毒を盛られる可能性はあるだろうか?

俺は先程まで戦わされていた。

見世物のために。観客席もあったし。

恐らくはその見世物によって、この施設が利益を得るはずだ。

俺を殺すのがどの程度の不利益になるかはわからないが、この施設側には少なくとも積極的に殺す理由はない、と思う。

では、他の改造人間がこの部屋に忍び込んで毒入りジュースを置いた、という可能性は?

着替え終わったので、扉に向かって歩く。

内側には開閉のためのスイッチやドアノブと言ったドアを開けるのに使いそうな装置が一切見当たらない。表面にも掴みどころはない。

扉に隙間がないか確かめてみるが、どこからも風を感じず隙間があるようには思えない。

侵入するためにこじ開けたりすれば隙間ができるはずだし、隙間がなければ幽霊でもない限り通り抜けることも出来ないだろう。

扉の強度はどの程度だろうか?

右拳がひしゃげるくらいの強さで殴っても、左足が潰れる勢いで蹴っても、びくともしない、頑丈な扉だ。

原型を留めなくなった拳とつま先がニュルニュルと元に戻っていく。

「……元に戻ると分かっているとはいえ、躊躇いなく自傷行為ができるなんてな」

ショックだった。

この異常な身体に馴染み始めていることが。扉に凹み一つ作れなかったことよりも。

他の開口部としては空調設備から侵入するのもあり得……るだろうか?本当に?

少し考えて、仮に僅かな隙間をすり抜けて部屋に侵入できてもペットボトルを持ち込めないだろうと思って納得した。しておいた。

「というか、飲んだほうが良い気がするんだよなぁ」

実はそこそこ大きく左脇腹が抉れていて、戻る気配がない。

痛みはほんの少し。ズキズキするが、表情に出る程ではない。

対戦相手モルトスにも案内人ムスコーロにも見えないように服の下に隠していた。

恐らくは身体の体積が足りなくなっている。

頭をふっ飛ばされたときに無数の小さな破片になって飛び散った分の体積だろう。

左脇腹を元通りにしたとすると、代わりに他の部分――例えば、左手全てと手首から先の5cm程度――が欠ける。

元に戻るには補給が必要だ。

何を補給するかは具体的に思いついていなかったが、スポーツドリンクであれば手っ取り早く水分も糖分も摂れる。

アメーバのように動く以上、生物に近いはずなので、それらは必要なはずだ。

ベッドサイドテーブルに置かれたスポーツドリンクの前に立ち、見つめる。

「ええい、ままよ!」

ペットボトルを掴み勢いよく蓋を開ける。

封を切る感触と音が見た目通り未開封だったことを示す。

少し舐める。変な味や臭いはしない。

そのままボトルの半分くらいの量を一気に飲んだ。

「っはー!」

そして、患者服を捲り上げて、左脇腹を見つめる。

これで戻るだろうか?

『そんなにすぐには戻らないよ』

「はっ?!」

突如として流れた放送に驚き、身をすくめていると放送ごしに笑い声がする。

『……おっと、口が滑ったね』

「どちら様で?」

『この施設の景品係ってところかな。キミが望む物や情報を君の報酬の範囲内で提供できる』

中性的な声だが、男だろう。年は近そうなきがする。

「俺が持ってる報酬額と具体的に貰えるものが書かれたカタログ的なものは?」

『急かさなくても教えるよ。カタログはペットボトルが置いてあったベッドサイドテーブルの引き出しにある』

ペラペラと紙を捲る音がする。

『えーと、キミが持ってるチップは52364枚、だね』

多いのか少ないのか分からん。

『ちなみに100倍すると現金の額になるね』

え?

マジ?

凄い金持ちじゃん。

『……表情に出るねぇ、キミ。スポーツドリンクを飲む時はあんなに慎重だったのに。正体がわからない物だけじゃなく、人にも警戒しようよ』

やかましい奴だ。

「あっ!スポーツドリンクも景品の一部か?!」

『サービスだよ。勝手にチップ使ったりはしないから』

本当だろうか。確かめようも無いが。

殴りつければ人が殺せそうな分厚いカタログを引き出しから出し、パラパラと眺める。

日用品、食品、嗜好品は一通りあり、モルトスが使っていたような武器や弾薬の類もある。

武器は結構高い。モルトス……相当稼いでたんだな。

『普通の食事は施設から出るよ。まぁ、美味しくもないけど不味くもない程度の物だけど。それ以外の物が食べたければ、カタログから頼んでよ』

カタログにはいつも食べているお菓子や市内の高級レストランで出されるメニューまで幅広く載っていたが、俄然気になるのは「情報」のページだった。

『あ、やっぱり気になっちゃう?』

情報はチップを多く支払うほど、重要な情報を詳しく聞ける様だった。

対戦相手の情報も顔と名前だけの大まかなものから、能力も含んだ細かいものまで教えてもらえる。

チップを50000枚も使ってしまうが、俺が改造で手に入れた能力の情報も聞ける。

『お目当てはキミ自身の能力に関する情報かい?懸命だと思うよ』

「ああ、この情報を買いたい」

『キミの身体に施された再生能力に関する情報かな?』

「いや、違う」

『?』

「そっちじゃない方だ」

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Nightmare Before A 域守ハサミ @yikimorihasami

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