戦いの後で
リングを降りて通路に戻ると、行きに案内役だった黒スーツの男が壁に寄りかかって立っていた。
「よう」
「……アンタか」
「なんとなくだが……戻ってくる気がしてたよ」
踵を返して、さ、戻ろうぜなどと言う。
「なぜ?」
背中を向けたまま黒スーツの男は立ち止まる。
二人の間の2、3メートル程の距離を静寂が流れた。
「アイツは――モルトスは死にたがりだった。お前は、生きたがってると思った。それだけだ」
「分かる……気がする」
「モルトスの試合を映像観戦したことがある。……酷い、試合だった。アイツは不死身――いや、『半不死』だが、不死身の自分に使われていただけだった。」
「自分に……」
「モルトスの『半不死』の能力には弱点があった。恐らく、無制限に再生できるわけでも無かったんだろう。なのに、やたらに攻撃を食らう消耗戦を基本戦術にしていたから、それが通じないと分かって動揺したんだろう」
俺が起き上がると同時に激しい同様を隠せなくなったモルトス。
銃の安全装置を外し忘れる俺に対して、比べるまでもないくらい圧倒的に武器を使った戦闘能力では優位に立っていたのに、殺せないという事実を恐れてしまった。
それであんなに……命乞いまでして……。
「だから――仮に今日お前に勝ったとしても、遠からず負けて――二度と戻らなかっただろう」
「……」
黒スーツが振り返って、少し驚いた表情をした。
「お前、なんで泣いてる?」
自分でも頬に手をやるまで、気が付かなかった。
指先に付いた涙の一滴を見つめる。
「わからな……くはない。俺は自分が生きるためにモルトスを殺した。クラスのみんなを殺されて、自分が殺されて……腹がたった。だから、殺した」
俺が
「でも、怒りに任せてしでかしたことは、結局人殺しだった。憎んだ相手と、モルトスと同じだった。憎む資格はあったのかなって、殺すことは無かったんじゃないかって。今になって後悔してる――のかもしれない」
後悔したところで、何もならないのに。
戻ることは、ないのに。
壊してしまったオモチャの前の子供だ。まるで。
こんな身勝手な奴をどんな目で見ているだろう。
顔を上げるのが怖い。
黒スーツは俺の前に立っているだけだ。
何も言わない。
呆れているのだろう。
「殺し合いを望んだのは、モルトスだ」
顔を上げる。
「お前は、それに付き合わされただけだ」
事実を受け入れたような、
そう思いたかっただけかも知れないが。
そう見えた。
「……サァノです」
「ん?」
「僕の名前はサァノ・アルフルィダです。……お前ではなく」
ふっと表情が緩んだ気がする。
「悪かったな。サァノ。俺はフェロ・ムスコーロだ」
今度こそ、部屋に向かって歩き出した。
全く道筋が覚えられない。
何しろ、最初の角で行きに来た方向とは逆に曲がったのだ。
ちゃんと入場した側の扉から出たはずだが……。
それから先も同じ白い廊下に同じ白い扉が続いた。
ムスコーロさんとはぐれたら、俺はこの廊下で遭難するだろう。
ムスコーロさんは道を覚えているんだろうか?
地図もコンパスも使っているようには見えないが。
「さあ、着いたぞ」
唐突にそんなことを言うが、今までと同じ扉だ。
扉が開くと室内の壁には俺が叩きつけられた部分に凹みがある。
どうやら、本当に戻ってきたらしい。
「ありがとうございました。ムスコーロさん」
「仕事だからな」
言葉とは裏腹に表情は柔らかい。
「では、また」
「また、って……まあ、能力の相性的には都合が良さそうだがな」
都合が良い、というのはここの運営をしている奴らにとってだろう。
お互いに殺すことも殺されることもないから、せっかくの改造人間を失うこともない。
じゃあな、とムスコーロさんが言った後、俺と廊下を扉が隔てた。
扉が閉まり、サァノと別れた。
似てたな。少し。
廊下の壁にもたれかかる。
「モルトス……」
その呼びかけに応える者は、もういない。
「これがお前の救いだった、そうだよな……?」
見上げた天井は表情のない、白だった。
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