不死身と死闘
大きな袋を肩越しに背負った黒スーツの男が扉からリングに向かって歩いてくる。
リングロープが背中に触れた。
ピンスポットに照らされ、光の中を迷いなく進む。
だってアイツは――
リングに迷いなく登る黒スーツ……いや、喪服の男。
「アンタは……!」
「久しぶり、かな。ま――覚えちゃいなかったけどね」
微笑み。
「バスのテロリスト!」
毒ガスのピンを抜いたときと同じ笑みで静かに立ち、背負っていた袋を下ろす。
ガチャガチャと鉄がぶつかる音。
「ああ――でも、安心して?ちゃんと覚えていたよ」
歪んだ。笑みが、
「君たちが苦しみ悶える様はねぇ!」
袋の中身をリングにぶちまける。
銃やナイフ、手榴弾等が撒き散らされる。
「さあ!さあ!さあ!さあ!!もう一度ボクの目の前でステキな
その異様な雰囲気に圧倒されている間に不死身のモルトスは床に落ちていたコンバットナイフを滑らかな動作で拾い上げつつ走りより、俺の胸に突き立てた。
「かはっ」
突き立てられた勢いで肺から空気が漏れる。
俺を蹴り飛ばすとともにナイフが引き抜かれ、一筋の刺し痕を胸に残す。
俺はリングロープにぶつかり捕まる。
「おやおやぁ?」
手でナイフを弄びながら、モルトスが見下ろす。
「同類ですかぁ?」
刺し痕に手を触れながら立ち上がる。
「残念な事に、な」
「残念?」
キョトンとしたような顔でこちらを見るモルトス。
「おかげで血を流すことも出来ない」
クツクツと笑うモルトス。
役に立たないと見てナイフをリングに投げ捨てる。
「それがどうしたっていうんです?」
「どうした、だと?」
足元のオートマチック式拳銃を拾い、モルトスに突きつける。
「こんな身体、望んじゃいない!」
はぁ、と一つため息をつきながらモルトスは屈み、大振りなナイフを拾い上げ、そこから一直線に俺の右腕を薙ぐ。
「安全装置くらい外せよぉ!」
宙を舞う銃と俺の右手。
銃がガチャリと、右手がベシャリとリングに落ちる。
「ったく、素人かよぉ」
遅れて来た鋭い痛みに血が出ない右手首を押さえる。
「あんまり痛がらないしなぁ」
「痛みも感じづらいみたいでね」
視界の脇で蠢くもの。
右手首の輪郭が崩れ、アメーバ然とした動きで俺の方に近づいてくる。
スーツの黒服に手首を握り潰された時と同じだ。
「サァノくん、だっけ?キミの身体、面白い事になってるねぇ」
「……」
二人が見つめる中、手首だったものが足にへばり付いて同化し、体内に吸い込まれる。
ほぼ同時に手首が膨らみ、手を形作る。すぐに指先まで形が出来て、感覚が戻る。
痛みも完全に無い。胸の傷も既に塞がっているはずだ。
「へぇ。こいつは骨が折れそうだぁ」
言葉とは裏腹に楽しげに笑う。
ヘラヘラしやがって。
苛立ちのまま、手近に落ちていた大ぶりのナイフをを拾い上げ、逆手に持ってモルトスの胴体目掛けて振り下ろす。
「そうそう。それで良いんだよぉ」
大ぶりのナイフを胸で受けてケロッとしている。
同類ですかぁ?
「同類、か……」
「ああ、少し違うけどねぇ」
ナイフを抜き、喪服の上着を脱ぎ捨てると、ワイシャツに夥しい血の跡。
傷跡から盛り上がるピンクの肉。
すぐに周囲の皮膚と馴染み、消える傷跡。
「元通りになるのは一緒さぁ」
ケラケラと笑うモルトス。
その顔はバスで見たときよりも老けている。
「アンタがあの時より老けているのも、無関係じゃないのか」
「へぇ、よく覚えてたし、よく気がつくねぇ。その通りだよ」
無関係であってほしくないという思いからの言葉だった。
でないと、年単位で意識不明だったことになる。
「いや、フフフ」
「何が
「思い出しちゃってさ。君たちの死態を」
自分の身体を抱くモルトス。
「あの時は強いガスを使ったから俺も辛かったけど、その分死態が良かったよぉ。ああ、先生が近くにいた女の子を庇いながら、俺を突き飛ばして出ていったのに、結局バスのすぐ側で倒れてたのも残酷さを感じてよかった」
「お前……!」
「癖になっちゃってさぁ。ゾクゾクする感じが。最近は自爆テロの頻度が上がって、その度にすごく老化が進むんだけど、辞められなくてさぁ。ウフフ。困っちゃうよねぇ」
喪服の股間が大きく盛り上がるのを隠そうともしない。
再びナイフを拾い、今度は順手に持ってモルトスの顔面に目掛けて振り抜く。
「目潰し?ダメダメ、そんな大ぶりじゃ」
身体を捻ってナイフを
そして、俺の方にまっすぐ銃口を向け、連射。
大ぶりの後で反応が遅れた俺は顔面にしこたま弾丸を食らうことになった。
両目にも被弾し、あっという間に視界が奪われる。
立て続けに衝撃が頭部を襲う。
だが、問題ないはず。銃で撃たれるだけなら、肉が飛び散らないから元に戻るのも早いから。
銃で撃たれるだけなら。
ピンッと小気味いい音。
口を開かれ、硬いものを押し込まれる。
口にピッタリ嵌って吐き出せない。
口の中で手榴弾が炸裂した。
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